内部抗争にのまれず気高く生きる女性大名
義弟が弘前で仕事をしているので、弘前と八戸に微妙な確執があることを彼から聞いてはいた。歴史研究者として、津軽と南部の争い(津軽が南部から自立したことに始まる)は知っていたが、なぜ八戸?と疑問を持ちながら聞き流していた。なるほどそうか、と理解したのは昨年現地にうかがった時である。甲斐(かい)国南部郷から東北地方に移ってきた清和源氏の南部氏には、やがて宗家になって盛岡で栄える三戸南部家とは別に八戸南部家があり、南北朝時代の南部氏の本拠はむしろ八戸であった。だから八戸の櫛引八幡宮(くしひきはちまんぐう)には南朝から賜ったという美麗な大鎧(よろい)(国宝)が現存するし、津軽と南部の争いは弘前と八戸の軋轢(あつれき)につながるのだ。
本作中に、古代の朝廷軍に滅ぼされた蝦夷(えぞ)の族長・伊加古の霊が厳かに現れる。東北の歴史は中央との戦いの歴史であり、敗北の歴史である。また更に悲しいことに、中央との関わりの中で、東北の勢力は相互に戦ってきた。南部氏内部にも三戸と八戸の熾烈(しれつ)な戦いがあった。それを描くのが本作で、主人公は八戸南部家の姫、清心尼。江戸時代を通じ唯一の女性大名といわれる人物であるが、その経歴をたどるのは容易ではない。作者の中島京子さんはきっとたくさんの史料を読み解いたのだろう、複雑な南部家の内部の抗争をみごとに再現している。
そして清心尼に生命を吹き込んだもうお一人が、巨匠・里中満智子さんである。八戸南部家は苦難の末に、あの遠野へと居を移す。豊かな自然を背景に、動物の霊や妖怪も登場しながら、彼女の気高い生きざまが描写される。物語は哀切ではあるけれど、夫や子どもを失いながら、「かたづの」の如くひとり「生きる」清心尼の凜々(りり)しい姿は、読者を励ましてやまない。