後書き

『彩色写真で見る世界の歴史』(原書房)

  • 2019/05/30
彩色写真で見る世界の歴史 / ダン・ジョーンズ,マリナ・アマラル
彩色写真で見る世界の歴史
  • 著者:ダン・ジョーンズ,マリナ・アマラル
  • 翻訳:堤 理華
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(432ページ)
  • 発売日:2019-04-23
  • ISBN-10:4562056487
  • ISBN-13:978-4562056484
内容紹介:
世界が劇的に変化した1850年から1960年の白黒写真200点をカラーに。鉄道、高層ビル、電話、飛行機などの発明品から、二度の世界大戦、内戦、革命にいたるまで、人類の歩みの新しい見方を示す画期的な書。
1839年に発明された写真は最初の100年間は白黒でした。記録不可能だった「色」を、地道な研究調査と現代の技術で蘇らせると何が見えてくるのでしょうか――。
世界のあり方が大きく変わった110年間の激動の記録をカラーで生き生きと蘇らせた、『彩色写真で見る世界の歴史』の訳者あとがきを特別公開します。

歴史が新しく見えてくる

本書『彩色写真で見る世界の歴史』は、1850年から1960年までの白黒写真をカラーで再現し、歴史をたどり直そうとする意欲的な作品です。原作の The Color of Time は2018年にイギリスのアポロ社から出版されました。2019年3月の時点で、イギリスのアマゾンでは写真史の部門で1位にランクしており、『タイムズ』紙など多数のメディアからも好意的な書評を寄せられています。

歴史解説を執筆したのは、気鋭のイギリス人歴史家でジャーナリストのダン・ジョーンズ。写真を担当したのはブラジル人写真彩色家のマリナ・アマラル。30代後半と20代前半の若い2人がタッグを組み、どちらが欠けても成り立たない、まさに共同作業によって完成した一冊です。

写真が一般に普及するようになったのは、1839年にルイ・ダゲールが「ダゲレオタイプ」という写真術を発明してからです。その後、「装置が作りだした像を化学的に記録する」技術は長足の進歩を遂げ、現在はフィルムさえ必要としないデジタル写真の時代となりました。カラー写真の普及は1940年代からです。

現在は2019年ですから、ダゲレオタイプからはちょうど180年、カラー写真からは約80年の歳月が流れたことになります。まだそれだけしかたっていないのかと思うと同時に、そうした時間に隔てられた時代は、いかにも遠い過去のようにも思えます。

圧倒的な写真の力

実際、「昔の写真」は白黒あるいはセピア色であるがゆえに、「郷愁」の念を呼び起こしたりします。過去の写真をできるだけあるがままの色で蘇らせようとした本書は、白黒写真とわたしたちのあいだにある垣根を取りはらい、「昔」が「今」と同じであること――つまり、いつの時代も明日のことなどわからない「現在進行形」で人々が生きていたことを伝える試み、といえるかもしれません。


掲載されている200枚の写真はたしかな重みをともなって、わたしたちに迫ってきます。写真に添えられた解説は短いものですが、それを読みながらページをめくっていくうちに、ときには圧倒されて手が止まってしまうこともあるでしょう。

1850年から1960年までの時代は、いうまでもなく激動の時代でした。本書には有名無名の人々、風景や光景、そして生者と死者が収められています。時代を10年ごとに区切り、それぞれの10年のあいだに起こった出来事を多角的に――しかし一貫した流れで――追っていきます。舞台はヨーロッパからアフリカ、南北のアメリカ大陸、中東、インド、中国、朝鮮、日本、太平洋、南極、そして宇宙にまで広がります。

戦争を「目撃」する

ある意味、それは帝国主義から冷戦へと続く道のりであり、騎兵の突撃から原爆投下に変わっていく戦争の世紀でもありました。世界各地の戦争やそれにかかわった人々の記録は、本書の中核をなすものです。

わたしたちはさまざまな戦いや革命を目撃します。初めて戦場写真が撮られたクリミア戦争からはじまり、南北戦争、第1次世界大戦、第2次世界大戦といった時代を画する戦いのほか、歴史の教科書では数行に満たない記述で終わってしまうかもしれない場面や人物、あるいは日本ではほとんど知られていない事柄も紹介されます。

見逃されがちな人々――たとえば第1次世界大戦に従軍したインド人傭兵(シパーヒーもしくはセポイ)、故郷を追われたシク教徒の家族やチベットの母子――などに光があてられていることも、本書の特徴といえましょう。

すべては人間の営み

わたしたちはまた、改造前のパリの町並みを眺め、エッフェル塔が建築される様子を知ります。ロンドン万国博覧会の会場を訪れ、パリ万国博覧会で人気を博したジャワの踊り子たちに会います。ロンドンを沸かせたカバのオベイシュや、グラモフォンに興味を示すライオン。川辺で水着の長さをチェックされる女の子たちの写真には、思わず笑いを誘われるでしょう。

砂丘を飛ぶライト兄弟の複葉機には風と光を感じます。レフ・トルストイやマーク・トウェインなどの知の象徴、アルフォンス・ミュシャの絵で名高いサラ・ベルナール、美貌の女スパイだったマタ・ハリ、舞踊の新時代を開いたバレエ・リュスの『春の祭典』、若き日のエルヴィス・プレスリー、麗しのマリリン・モンローなど――あらゆる事象や人々が時代と交錯し、さまざまな矛盾を秘め、それぞれに苦闘したにせよ、戦争や紛争の写真の合間に喜びや洞察をもたらしてくれる彼らは、著者が述べるように「世界に色を取りもどしてくれる存在」にほかならないのだ、と実感します。

すべては人間の営みなのだ、ということに尽きるでしょうか。歴史は過去に塗りこめられているわけではなく、脈々と現在につながっています。1920年代に爆撃され瓦礫と化したダマスカスの町並みに、ふと既視感を覚え――これは21世紀の今日に見た報道写真そのままだ、と思ったりするのです。

これからの21世紀、そして来たるべき22世紀をどのような写真で埋めるかを決めるのは、本書の時代がそうであったように、現在を生きるわたしたちにかかっています。

[書き手]堤理華(翻訳家・麻酔科医)
彩色写真で見る世界の歴史 / ダン・ジョーンズ,マリナ・アマラル
彩色写真で見る世界の歴史
  • 著者:ダン・ジョーンズ,マリナ・アマラル
  • 翻訳:堤 理華
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(432ページ)
  • 発売日:2019-04-23
  • ISBN-10:4562056487
  • ISBN-13:978-4562056484
内容紹介:
世界が劇的に変化した1850年から1960年の白黒写真200点をカラーに。鉄道、高層ビル、電話、飛行機などの発明品から、二度の世界大戦、内戦、革命にいたるまで、人類の歩みの新しい見方を示す画期的な書。

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