後書き

『愛なんてセックスの書き間違い』(国書刊行会)

  • 2019/06/17
愛なんてセックスの書き間違い / ハーラン・エリスン
愛なんてセックスの書き間違い
  • 著者:ハーラン・エリスン
  • 翻訳:若島 正,渡辺 佐智江
  • 出版社:国書刊行会
  • 装丁:単行本(368ページ)
  • 発売日:2019-05-24
  • ISBN-10:4336053235
  • ISBN-13:978-4336053237
内容紹介:
カリスマSF作家エリスンの初期の非SF作品を若島正がセレクト。クールでクレイジーなエリスン節が炸裂する全11篇。
アメリカSF界のレジェンド、ハーラン・エリスン。『世界の中心で愛を叫んだけもの』や『死の鳥』で知られるカリスマSF作家の、犯罪小説やハードボイルドを中心とした非SFジャンルの初期傑作を精選した短篇集『愛なんてセックスの書き間違い』の魅力を、本書の翻訳者若島正氏によるあとがきから抜粋してご紹介します

「愛」なんて「セックス」の書き間違い!?

本書『愛なんてセックスの書き間違い』は、ハーラン・エリスンの短篇集Love Ain’t Nothing But Sex Misspelled を元にしながら、編者(若島)が独自に編み直した、エリスンの非SF系の初期短篇集である。

Love Ain’t Nothing But Sex Misspelled は、1968年に、トライデント・プレスからハードカヴァーの初版本が出た。そしてピラミッド・ブックスが975年から76年にかけて、初期エリスンの長篇や短篇集などをまとめて11巻のシリーズとして出したときに、その掉尾を飾ったのがこのLove Ain’t Nothing But Sex Misspelled で、エリスンはその初めてのペーパーバック版のために、ハードカヴァー版に収められていた22篇から9篇を除き、新たに3篇を加え、さらに(いつものことながら)新しく書き下ろした長い序文を付けた。わたしが所持しているのはそのピラミッド・ブックス版であり、本書の作りはそれを多少意識したものになっている。

読者はおそらく、SFのシリーズであるこの〈未来の文学〉に、どうして非SF系の短篇集を入れる気になったのか、と疑問を持たれるだろう。ここに集めた非SF系の短篇は、単にエリスンがSF以外のものも書いていた、ということでは決してない。おそらくこうした短篇群がなければ、SF作家としてのエリスンは生まれていなかったと思う。つまり、ここにあるのは、「大いなる助走」期のエリスンなのである。それを少し説明しておきたい。

俗にSFの黄金期と呼ばれる50年代の前半に、当時高校生だったエリスンはすでにSFのファンダムで有名人になっていた。さまざまな武勇伝の中でもとりわけ有名なのは、1953年にフィラデルフィアで行われたワールドコンで、初対面のアイザック・アシモフに向かって「あんたはカスだ!」と言い放ったという逸話だろう。1955年にオハイオ州立大学を退学処分になったエリスンは、SF雑誌に短篇を投稿しはじめる。そして、1956年〈インフィニット・サイエンス・フィクション〉誌に載った短篇“Glowworm”が、エリスンにとっては初の商業誌掲載になった。50年代後半を中心としたエリスンのSF初期短篇は、後にA Touch of Infinity(1960)、Ellison Wonderland(1962)、Paingod and Other Delusions(1965)といった短篇集に収録された。そういうSF初期短篇は、まったく無価値というわけではないにしても、商業誌という枠に合わせて作品を売ろうとする努力と、なんとかSFというジャンル小説の中で自分の声を見つけようとする努力とがせめぎあっている感が強い。

まだSFの範囲内で決定的なブレークスルーを迎えないままに、エリスンが次第に方向転換していくことになったのには、いくつかの要素がからんでいる。まず、50年代は、1953年に創刊された〈プレイボーイ〉誌に代表される、男性雑誌が台頭した時代だった。この時期に、急速に読者数を拡大していった〈プレイボーイ〉に追随して、多くの男性雑誌が競争に参入した。過去にはSFをはじめとするさまざまなジャンルの書き手だったウィリアム・ハムリングは、グリーンリーフという出版社を立ち上げ、1955年に〈ローグ〉という男性雑誌をそこから創刊した。1956年からその雑誌に短篇や記事を載せるようになったエリスンは、1959年にハムリングに呼び寄せられて、1960年までの2年間、〈ローグ〉誌の編集者として働くことになった。このときエリスンは、SF業界でのつてを頼って、さまざまなSF作家の短篇や記事を同誌に掲載し、さらに自作を次々に載せた。

〈ローグ〉と並んで、エリスンがこの時期に主な発表媒体としていたのは、男性雑誌〈ナイト〉で、1963年から72年まで、15作ほどの短篇を発表しており、そのなかには、エリスン・クラシックスのひとつである「プリティ・マギー・マネーアイズ」(1967年/若島正編『ベータ2のバラッド』所収、国書刊行会)も含まれている。なぜ〈ナイト〉誌に多くの作品を発表したのかという質問に答えて、エリスンは「寄稿した原稿のまま、なにも直さずに載せてくれたから」だと言っている。こうして、原稿にきびしいチェックが入ったSF雑誌に比べて、自分が載せたいものを載せ、原稿に手を入れずに載せてくれるような媒体を見つけたことによって、エリスンは自分なりのテーマ、そして自分の声をストレートに出すようになっていった。

もうひとつ、見逃してはならない要素は、50年代から60年代前半にかけての社会文化的背景である。社会に背を向ける非行少年たちは、二十世紀の前半からアメリカに存在していたが、それが社会的な現象としてクロースアップされたのは、エヴァン・ハンターのベストセラー『暴力教室』(1954)がもたらしたショックや、『理由なき反抗』(1955)に主演した、白のTシャツにブルーのデニム、赤のジャンパー姿というジェイムズ・ディーンがもたらしたインパクトが、大きな要因になっている。エリスンはこうした社会の動きに敏感に反応した。アメリカで初めて暴走族を描いた、マーロン・ブランドが主演する『乱暴者(あばれもの)』(1953)に感化され、オハイオ州立大学にまだ在学していたときに、そこで出ていたユーモア雑誌に「マーロン・ブランド讃」としてそのパロディを書いたほどだ(ちなみに、本書に収録した短篇「クールに行こう」には、『乱暴者』への言及がある)。こうして50年代半ばから、俗にJD(Juvenile Delinquent)と呼ばれる非行少年物や、暴走族物といったペーパーバック小説のサブジャンルが成立していった。たまたま、当時JD物を得意としていた作家にハル・エリスン(紛らわしい名前なので誤解のないように)がいて、ハーラン・エリスンにとってはこの作家が一種のモデルになった。JD物を書いてみようかと思い立ったエリスンは、1954年に10週間、偽名を使って、「バロン」団と呼ばれるニューヨークのチンピラギャングたちのグループに仲間入りした。このときの体験を元にして、ある雑誌に記事を売ったら、それが掲載されたときにはエリスンが書いたものは使われず、その代わりに頰に傷を付けられたエリスンの写真が載ったという。それはさておき、エリスンはこうした背景で非行少年物やギャング物を手がけるようになった。

黄金期を迎えたアメリカSFの50年代には、多くのSF雑誌が誕生したが、雑誌の全国流通を仕切っていたアメリカン・ニューズ・カンパニーが1958年に倒産した影響で、その年には20誌が廃刊になり、生き残った雑誌も売り上げを大幅に減らした。そうしたなかで、すでにSF雑誌から男性雑誌へと軸足を移していたエリスンにとっては、余波をモロにかぶらなくてすんだと言える。60年代に入って、エリスンはさらに社会問題や社会現象に目を向けるようになり、公民権運動の盛り上がりに呼応するように人種問題を扱った短篇も書き、長篇Rockabilly(1961年、後に改題されてSpider Kiss)ではロカビリーのスターを主人公に描いた。これはプレスリーがモデルになっていると誰しも思うところだが、あるインタビューによれば、モデルは「火の玉ロック」でスターダムにのし上がったジェリー・リー・ルイスで、特に彼が13歳のいとこと結婚していたことがばれて落ち目になったのがインスピレーションになっているという。

こうしてジャンルSFには束縛されない幅広さと自由奔放さを身に着けたエリスンは、SF雑誌をめぐる状況が少しずつ復旧しつつあった60年代半ばに、ふたたびSF界に戻ってくる。イギリス発のいわゆる「ニュー・ウェーヴ」に影響されて、アメリカでも思弁小説(スペキュレイティヴ・フィクション)という用語が使われだした頃に、エリスンは「「悔い改めよ、ハーレクィン!」とチクタクマンはいった」(1965)、「おれには口がない、それでもおれは叫ぶ」(1967)、「少年と犬」(1969)といった話題作を次々と発表して、ヒューゴー賞やネビュラ賞をかっさらった他にも、巨大なオリジナル・アンソロジー『危険なヴィジョン』(1967)の編集で、従来のSF雑誌とは異なるフォーマットを開拓して、SF界をたちまち席巻した。そこから先の活躍ぶりは、もうここでたどる必要もないだろう。

本書を準備中に、エリスンは2018年6月28日に84歳で亡くなった。もうあの連発で繰り出される言葉が読めなくなるのかと思うと残念だ。せめてもの手向けとして本書を捧げたい。

[書き手]若島 正(京都大学名誉教授、詰将棋作家、チェス・プロブレム作家、翻訳家)
愛なんてセックスの書き間違い / ハーラン・エリスン
愛なんてセックスの書き間違い
  • 著者:ハーラン・エリスン
  • 翻訳:若島 正,渡辺 佐智江
  • 出版社:国書刊行会
  • 装丁:単行本(368ページ)
  • 発売日:2019-05-24
  • ISBN-10:4336053235
  • ISBN-13:978-4336053237
内容紹介:
カリスマSF作家エリスンの初期の非SF作品を若島正がセレクト。クールでクレイジーなエリスン節が炸裂する全11篇。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

  • 週に1度お届けする書評ダイジェスト!
  • 「新しい書評のあり方」を探すALL REVIEWSのファンクラブ
関連記事
国書刊行会の書評/解説/選評
ページトップへ