幼い頃「ごんぎつねは三度の飯よりいたずらが好きだそうですが、わたしは三度の飯より四度の飯が好きです」という噴飯ものの感想文を書いたくらいで、食い意地がとてつもなく張っている。「今日のご飯なに?」と、夕食のメニューを確認してから登校する小学生。帰り道、露店で美味しそうな柿を吟味する中学生。するめを食べ続けた揚げ句、血中コレステロール値に異常をきたした高校生。気に入りのモツ煮込み屋で毎晩ホッピーを飲んでいた大学生。死ぬ前に食べたい物リストに頭を悩ませる現在。脳みその七十%が食い意地で占められているといっても過言ではないのだ。
だからもちろん、小説や随筆にしても食にまつわる作品を愛してやまない。鮨なら志賀直哉『小僧の神様』や岡本かの子『鮨』、酒なら吉田健一『酒宴』やロアルド・ダール『味』、グルメなら篠田一士篇『グルメのための文藝読本』やジョン・ランチェスター『最後の晩餐の作り方』、粋な味なら池波正太郎『梅安』シリーズや内田百閒『御馳走帖』、庶民の味なら幸田文『台所のおと』や東海林さだお『丸かじり』シリーズ、愛情こもった味なら上司小剣『鱧の皮』やラウラ・エスキヴェル『赤い薔薇ソースの伝説』、奇妙な味ならジェフ・ニコルスン『食物連鎖』や莫言(モー・イェン)『酒国』。やめられない止まらない。挙げだしたらきりがないくらい食にまつわる垂涎の逸品は多いのだ。
そんなマイ・リストに新たに加えたい一冊がジム・クレイスの『食糧棚』。この棚の充実ぶりといったらどうだろう。なんせ六十四篇ものコーナーが用意されているのだ。美味しいパンを焼くためのおまじない、何が仕込まれているのかわからない謎のメニュー「カレーNo.3」、母の誕生日に焼く目隠しパイ、土から抜いたばかりの人参の甘さ、大酒の効用、早食い競争、スープを作る時にかかせない石など、美食から悪食、拒食まで、ここに取り上げられている食の世界は幅広く、奥深い。そして、一篇一篇はとても短いのに余韻の香りがいつまでも後をひくのだ。
それはおそらく、このショートショートの多くが記憶にまつわる物語になっているからだろう。読みながら、わたしたちは思い出す、母の得意料理を、遠足の弁当を開く時のワクワクを、旅先で口にした異郷の味を、通いつめていた料理店の喧操を、食事にまつわる喜びや悲しみのエピソードを。食べる行為はお腹に入ってしまえば終わるけれど、味の記憶や、その時の思い出は、いつまでも残る。そして、わたしたちのその後をほんの少し豊かにしてくれるのだ。
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