書評

『あとより恋の責めくれば 御家人南畝先生』(集英社)

  • 2017/08/06
あとより恋の責めくれば 御家人南畝先生 / 竹田 真砂子
あとより恋の責めくれば 御家人南畝先生
  • 著者:竹田 真砂子
  • 出版社:集英社
  • 装丁:単行本(232ページ)
  • 発売日:2010-02-26
  • ISBN-10:4087753921
  • ISBN-13:978-4087753929
内容紹介:
事の起こりは、南畝がふと口ずさんだ俗謡の一節「女郎のまことと玉子の四角 あれば三十日に月が出る」。これに狂歌連一の年若、山東京伝が異をとなえ平秩東作をまじえた三人は吉原の遊女屋へ。南畝の恋の始まりか。多彩な人物を配し、江戸の息吹の中に描く南畝の恋の顛末。

色恋や所帯の雑事に悩む中年男

蜀山人こと大田南畝は、一般に狂歌師として記憶されることが多いが、随筆や紀行、考証、あるいは逸文編纂(へんさん)などの仕事にも、優れた業績を残した。さらには、役人としての勤めもりっぱに果たしたわけだから、異能の人と呼んでいいだろう。

本書は、その南畝のもっとも人間的な面、すなわち松葉屋の遊女三保崎(みほざき)への〈恋〉に焦点を当てて、独自の南畝像を描き出そうとした、意欲作である。

南畝は、一目惚(ぼ)れした三保崎を、妓楼(ぎろう)・大文字屋の主人で狂歌師仲間の加保茶元成(かぼちゃのもとなり)、平秩東作(へずつとうさく)らの力を借りて、身請けする。通説によれば、南畝は三保崎をひとまず元成の別荘に住まわせたあと、増築した自宅に引き入れて妻子、両親と同居させたといわれる。身請けと増築の時期が近いので、そのように推断されたものらしい。しかし著者は、南畝の著作中にそれを示唆する記述がないことから、同居はなかったとする。妻妾(さいしょう)同居説は、従来の蜀山人研究者がおおむね男性で、女性の視点に欠けたための憶測だ、と断じる。

三保崎身請けと、ほぼ時を同じくして田沼政権が崩壊し、側近の一人土山宗次郎が罪に問われると、土山と親交のあった南畝は父の忠告を入れ、狂歌から足を洗って勤めに精を出し始める。身請けして以来、病弱な三保崎をいたわる南畝の心情は、勤めのあいだも変わることがない。それでいて、自宅にいる両親や妻子との生活も、おろそかにしない。母親と妻里与との確執や、あいだに立つ南畝の気苦労にも、丹念に筆が割かれる。

もっとも、この小説の眼目は南畝と三保崎との交情を縦糸としながら、当時彼を取り巻いていたさまざまな狂歌師、文人墨客との交流を、横糸に織り出した点にある、ともいえる。加保茶元成、朱楽菅江(あけらかんこう)、平秩東作、山東京伝らに加えて、智恵内子(ちえのないし)や節松嫁々(ふしまつかか)といった、女性狂歌師ら脇役陣が、生きいきと躍動する。

それも含めて、当意即妙、機知縦横の印象が強い南畝を、色恋や所帯の雑事に悩む中年男として描いた視点は、女性作家ならではのものだろう。
あとより恋の責めくれば 御家人南畝先生 / 竹田 真砂子
あとより恋の責めくれば 御家人南畝先生
  • 著者:竹田 真砂子
  • 出版社:集英社
  • 装丁:単行本(232ページ)
  • 発売日:2010-02-26
  • ISBN-10:4087753921
  • ISBN-13:978-4087753929
内容紹介:
事の起こりは、南畝がふと口ずさんだ俗謡の一節「女郎のまことと玉子の四角 あれば三十日に月が出る」。これに狂歌連一の年若、山東京伝が異をとなえ平秩東作をまじえた三人は吉原の遊女屋へ。南畝の恋の始まりか。多彩な人物を配し、江戸の息吹の中に描く南畝の恋の顛末。

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初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 2010年4月4日

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