歴史の緩やかな連続
人間は、パウロの回心のように、画期的な出来事があって初めて次のステージへ進めるという思考に囚われ易い。「起業を目指したきっかけは何か」などの質問や「ヨーロッパで、西ローマ帝国が滅びて暗黒の中世が始まり、輝かしいルネッサンスが起こって近代が始まる」といった思考がその典型だろう。アナール派泰斗の著者は、こうした思考を否定して歴史を緩やかな連続線で捉える。即(すなわ)ち、現代のヨーロッパの社会や心性の萌芽が、4世紀から15世紀に至る中世の多様性の中に見出せるというのだ。8世紀までに民族大移動の後、ヨーロッパがキリスト教化される。次いでシャルルマーニュの帝国(「流産したヨーロッパ」とは言い得て妙だ)、紀元1000年のオットーの帝国と続き、11〜12世紀の封建制ヨーロッパの時代がくる。マリア信仰、それと裏腹に迫害のヨーロッパ(異端、ユダヤ人など)や十字軍も誕生した。13世紀に都市と大学が成功するが一転して14世紀のペストによる死の舞踏、そして15世紀にかけて中世の秋あるいは新時代の春?(ルネッサンスを特筆しない著者らしい)がくる。最後はコロンブスによる新大陸への到達。「15世紀の中国はあらゆる分野でもっとも進んだ国である。しかし以後は自身のうちに閉じこもり、衰弱し、世界の支配をヨーロッパ人に明け渡すようになる」。読み終えて、中世の豊饒さが蘇る。
ただ、「ムハンマドなくしてシャルルマーニュなし」(ピレンヌ・テーゼ)や「オスマン朝に対峙した東欧諸国の強大化によりユーラシア街道に障壁が築かれてヨーロッパが成立」(佐藤彰一)などといった外部世界との関わりの分析が乏しいのは残念だ。本書は、共通文化領域創出を試みる欧州5か国の共同出版「ヨーロッパをつくる」歴史叢書(そうしょ)の1冊。このような試みが東アジアで実を結ぶのはいつのことか。その意味で『「日中歴史共同研究」報告書』(勉誠出版)刊行の意義は決して小さくない。菅沼潤訳。