書評

『マリアさま』(リトル・モア)

  • 2019/12/14
マリアさま / いしい しんじ
マリアさま
  • 著者:いしい しんじ
  • 出版社:リトル・モア
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(260ページ)
  • 発売日:2019-09-07
  • ISBN-10:4898155103
  • ISBN-13:978-4898155103
内容紹介:
いしいしんじ3年ぶりの小説集――『マリアさま』2000年~2018年のあいだ、様々な媒体で書きためられた短篇・掌篇より、「新生」をテーマに、27篇、選りすぐりました。- - -森羅万象きらめく、片隅で掬われた、って、これは、そんなおはなし。- - -動かなくなったトビをぷいと吐きす… もっと読む
いしいしんじ
3年ぶりの小説集――
『マリアさま』

2000年~2018年のあいだ、様々な媒体で書きためられた短篇・掌篇より、
「新生」をテーマに、27篇、選りすぐりました。

- - -

森羅万象きらめく、
片隅で掬われた、って、
これは、そんなおはなし。

- - -

動かなくなったトビをぷいと吐きすて、私は再び身構えました。ばさばさとトビたちがはばたく気配がします。私は、もう見えない目でにらみつける。
――「犬のたましい」

本日は、祖父、晴臣をしのぶ会にお集まりいただき、まことにありがとうございます。孫の新子と申します。
――「とってください」

ごほり、ごほり、と濁った咳をティッシュペーパーでうけ、いいかい、と目線でたずね、こちらがうなずくとてのひらの上で紙をひらいてみせた。溶けたチョコレートのような粒々がそこにあった。「土だよ」
――「土」

「こんばん、西の山へいってみないか」横顔をむけたまませせらぎは黙っている。ゴトリ、ゴトリ、水車がまわり、だんだんとそれは、足もとの地面がゆっくり回転する音にきこえだした。せせらぎの手は砧を撫でつづけ、俺はふうと息をつき、川辺を離れた。
――「せせらぎ」

今日みたいにドライブがてら、「おそと」で音を拾って歩く姿を、わたしは物心ついたときから見なれている。十代半ばからは、京町家に泊まりにいった翌朝には、ほぼ決まってわたしを連れ、ケンチさんは「おそと」へでかけた。まるで、かたく閉じかけていたわたしの窓を、外いっぱいにひらくように。
――「自然と、聞こえてくる音」

虎は身を揺らせながら銀座通りを歩いている。歩行者天国ならぬ虎天国である。さすが銀座通りだ、と思う。
――「虎天国」

他、全27篇。「物語」の力、「物語」を読む時間を、大切に思える、一冊です。

見えないものたちの声を聞く

「いしいしんじ祭」に参加したことがある。神奈川の漁港、三崎でのことだ。かつてここに住んでいた彼の名を冠したこの祭りで、神社の神楽殿の扉が突然開かれ、中に彼が座っている。机に向かった彼は、その場で小説を書き始める。

湧き上がる物語は彼の声となって流れ、境内の観客たちの体を浸す。観客の思いは渦となり、彼に押し寄せる。一人の声だけが響く奇妙な会話。そして作品が終わったとき、全員が不思議な満足感を抱いている。

あのとき彼は何をしていたのか。見えないものに目をこらし、聞こえないものに耳を澄ませていた。そのことは本短編集所収の「自然と、きこえてくる音」を読めばわかる。

祖父は京都に住む録音技師だ。久しぶりに訪れた孫の「わたし」を赤いスポーツカーに乗せて、琵琶湖まで旅に出る。旅の目的は音を拾い集めることだ。鰻の焼ける音。クイナの鳴声。

そうしているうちに、固く閉じた「わたし」の心はほぐれていく。祖父は言う。「自然と、むこうからきこえてくるもんだけで、だいたいのほんとうは、わかるもんやで」。なぜか。すべてのものは常に語りかけているからだ。

すべてのものとは何か。「せせらぎ」では山だ。「とってください」では白いテニスボールだ。だが何と言っても動物たちだ。

「犬のたましい」で飼主の老婆に先立たれた犬は、墓の中から漂ってくるビーフジャーキーの香りを通じて彼女の声を聞く。「においだけでじゅうぶんです。私は犬なのですから」

目に見えず、耳に聞こえず、手で触れられず、でも確かにそこにいる。いしいの作品で、生者と死者、人間と動物、生物と物は区別されない。みなが魂を持って、いつもそこにいる。

いしいが児童文学作家に見えるのは、大人の文学がそうした感覚を失っているからだ。他界は今、ここにある。彼の作品はそのことを思い出させてくれる。
マリアさま / いしい しんじ
マリアさま
  • 著者:いしい しんじ
  • 出版社:リトル・モア
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(260ページ)
  • 発売日:2019-09-07
  • ISBN-10:4898155103
  • ISBN-13:978-4898155103
内容紹介:
いしいしんじ3年ぶりの小説集――『マリアさま』2000年~2018年のあいだ、様々な媒体で書きためられた短篇・掌篇より、「新生」をテーマに、27篇、選りすぐりました。- - -森羅万象きらめく、片隅で掬われた、って、これは、そんなおはなし。- - -動かなくなったトビをぷいと吐きす… もっと読む
いしいしんじ
3年ぶりの小説集――
『マリアさま』

2000年~2018年のあいだ、様々な媒体で書きためられた短篇・掌篇より、
「新生」をテーマに、27篇、選りすぐりました。

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森羅万象きらめく、
片隅で掬われた、って、
これは、そんなおはなし。

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動かなくなったトビをぷいと吐きすて、私は再び身構えました。ばさばさとトビたちがはばたく気配がします。私は、もう見えない目でにらみつける。
――「犬のたましい」

本日は、祖父、晴臣をしのぶ会にお集まりいただき、まことにありがとうございます。孫の新子と申します。
――「とってください」

ごほり、ごほり、と濁った咳をティッシュペーパーでうけ、いいかい、と目線でたずね、こちらがうなずくとてのひらの上で紙をひらいてみせた。溶けたチョコレートのような粒々がそこにあった。「土だよ」
――「土」

「こんばん、西の山へいってみないか」横顔をむけたまませせらぎは黙っている。ゴトリ、ゴトリ、水車がまわり、だんだんとそれは、足もとの地面がゆっくり回転する音にきこえだした。せせらぎの手は砧を撫でつづけ、俺はふうと息をつき、川辺を離れた。
――「せせらぎ」

今日みたいにドライブがてら、「おそと」で音を拾って歩く姿を、わたしは物心ついたときから見なれている。十代半ばからは、京町家に泊まりにいった翌朝には、ほぼ決まってわたしを連れ、ケンチさんは「おそと」へでかけた。まるで、かたく閉じかけていたわたしの窓を、外いっぱいにひらくように。
――「自然と、聞こえてくる音」

虎は身を揺らせながら銀座通りを歩いている。歩行者天国ならぬ虎天国である。さすが銀座通りだ、と思う。
――「虎天国」

他、全27篇。「物語」の力、「物語」を読む時間を、大切に思える、一冊です。

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初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 2019年11月02日

朝日新聞デジタルは朝日新聞のニュースサイトです。政治、経済、社会、国際、スポーツ、カルチャー、サイエンスなどの速報ニュースに加え、教育、医療、環境、ファッション、車などの話題や写真も。2012年にアサヒ・コムからブランド名を変更しました。

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