書評

『ポーの話』(新潮社)

  • 2017/11/01
ポーの話 / いしい しんじ
ポーの話
  • 著者:いしい しんじ
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(523ページ)
  • 発売日:2008-09-30
  • ISBN-10:410106928X
  • ISBN-13:978-4101069289
内容紹介:
あまたの橋が架かる町。眠るように流れる泥の川。太古から岸辺に住みつく「うなぎ女」たちを母として、ポーは生まれた。やがて稀代の盗人「メリーゴーランド」と知りあい、夜な夜な悪事を働くようになる。だがある夏、500年ぶりの土砂降りが町を襲い、敵意に荒んだ遠い下流へとポーを押し流す…。いしいしんじが到達した深く遥かな物語世界。驚愕と感動に胸をゆすぶられる最高傑作。
どことも知れぬ遠い町や村を舞台に、象徴性を帯びたキャラクターを多々登場させるいしいしんじの小説は、寓話とかファンタジーとかに括られがちで、それは決して間違ってはいない。でも、一方でとてもリアルで大事なことを、読み手の心へ一直線に届けるのに長けている作家でもあるのだ。

「おまえの、たいせつな、大事なものなのか?」

「それがおまえにとって、たいせつなんだな」

「たいせつなものを、取りにいくんだろ?」

主人公のポーが繰り返すこうした言葉を通じて、いしいしんじはこの書き下ろし長篇で読者に真っ直ぐ問いかけてくる。あなたにとって、大切なものは何ですか? 善と悪ってどんなものですか? つぐないは可能ですか? と。

物語の舞台は幅広い泥の川が北から南へとゆるやかに流れていて、あまたの橋がかかっている街。川をさかのぼった街はずれの浅瀬には、はるか昔からうなぎを漁って暮らしているうなぎ女たちがいて、主人公のポーは彼女たちの息子だ。やがて五〇〇年ぶりの大雨による大洪水で壊滅してしまう街。ポーは、街の名物男、天気売りと共に下流へと流されて――。

善悪で二分されるような価値観を持たないまっさらな心の持ち主のポーが、さまざまな人たちと出会い、彼らの中にある善と悪のすべてをわけへだてなく見て、味わい、彼らとの交流を通して自分にとっての”大切なもの”を知り、それを失い、壊れ、新しい人として再生するまでを描いた、これは神話的なスケールの物語なのである。

大切なものを守っていく中、他の誰かの大切なものを損なったり、強奪してしまう。生きとし生ける者が背負う原罪の諸相と、どうしたらそれをつぐなうことができるのかという普遍的にしてリアルなテーマを、物語の中にごく自然に織り込んで、この小説は川の水が上流から下流へと流れ、やがて大海原へと至る過程そのままに、なだらかだったり浮き沈みがあったりと、たくさんの感情を喚起しながら、やがて晴れ晴れと開放的な感動へと読者をいざなう。

ポーと天気売りをはじめとする登場人物&動物の造形の妙、ファンタスティックなのに嘘のない自然描写、何ごとも白黒決めつけたりしない自由闊達な語り口、起伏豊かな物語。読後、ポーと共に大きくて深い時間を生きたという充実感に満たされる、これは「海の宝石」ともいわれるうみうしのように美しい小説だ。どうして、うみうしかって? それは読んでのお楽しみ!

【この書評が収録されている書籍】
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド / 豊崎 由美
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド
  • 著者:豊崎 由美
  • 出版社:アスペクト
  • 装丁:単行本(560ページ)
  • 発売日:2005-11-29
  • ISBN-10:4757211961
  • ISBN-13:978-4757211964
内容紹介:
闘う書評家&小説のメキキスト、トヨザキ社長、初の書評集!
純文学からエンタメ、前衛、ミステリ、SF、ファンタジーなどなど、1冊まるごと小説愛。怒濤の239作品! 560ページ!!
★某大作家先生が激怒した伝説の辛口書評を特別袋綴じ掲載 !!★

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

ポーの話 / いしい しんじ
ポーの話
  • 著者:いしい しんじ
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(523ページ)
  • 発売日:2008-09-30
  • ISBN-10:410106928X
  • ISBN-13:978-4101069289
内容紹介:
あまたの橋が架かる町。眠るように流れる泥の川。太古から岸辺に住みつく「うなぎ女」たちを母として、ポーは生まれた。やがて稀代の盗人「メリーゴーランド」と知りあい、夜な夜な悪事を働くようになる。だがある夏、500年ぶりの土砂降りが町を襲い、敵意に荒んだ遠い下流へとポーを押し流す…。いしいしんじが到達した深く遥かな物語世界。驚愕と感動に胸をゆすぶられる最高傑作。

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- 2005年7月6日

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