書評

『高見順全集 第3巻』(勁草書房)

  • 2018/03/04
高見順全集 第3巻 / 高見順
高見順全集 第3巻
  • 著者:高見順
  • 出版社:勁草書房
  • 装丁:単行本(529ページ)
  • ISBN:4326848170
高見順がガンでなくなってすでに五年になる(事務局注:本書評執筆は1970年)。彼がまだ病床にあったとき、講談社から「高見順文学全集」全六巻が刊行されたことがあるが、こんどの勁草書房版は没後はじめてまとめられた全集だけに、決定版ということができる。

第一回の配本である第三巻には、戦後の未完の長編「或る魂の告白」と「深淵」がおさめられている。「或る魂の告白」の第一部をのぞいては、いずれも単行本になったのは今回がはじめての作品だけに、通読してみると、作者が、戦後の立直りのなかで、”恥多き人間”としての自己のすべてをさらけ出し、そこからあらためて小説を書きはじめようとした執心が痛いほどわかる。

「或る魂の告白」の第一部である「わが胸の底のここには」の各章には、「私に於ける恥の役割について」「私に於ける出生の翳について」「私に於ける羞恥と虚栄について」「私に於ける加害の例について」など、それぞれの主題が書きそえられているが、これは、暗い出生の秘密をになった一少年の自己形成の歩みを、成長につれてひきおこされる羞恥や虚栄、加害や被害意識、立身出世欲などの内面に対する自己剔抉(てっけつ)をとおして描いた自伝的な作品である。

ここに描かれた角間忠雄という一少年と、高見順(本名は高間芳雄)をイコールでむすぶことは、ただしくないかもしれない。しかし内容的には、ほとんど作者の直接体験をもとにしていると思われるし、作者の筆も対象と自己の間に距離感を持たないように運ばれている。精神形成の秘密をこのようなかたちで、自己剔抉的に描破しようとすれば、こうなるのはむしろ避けがたいことかもしれないが、しかしこの作品は決して”私小説”ではない。一種の自伝的な教養小説とみるべきだろう。そのことは「或る魂の告白」の第二部にあたる「風吹けば風吹くがまま」や、「深淵」まで読みすすんでみると、よくわかる。「風吹けば風吹くがまま」では、一高に入学して母のもとから独立し、寮生活に入った主人公が、家の外で動いている社会を自覚しはじめる過程がたどられ、時代の変貌に対する関心がより明確なかたちで描かれているからだ。

自己内部へそそがれる目と、社会への対応は、さらにある時間的空白をおいて、「深淵」のなかで文学的には一つの調和をつくり出している。「深淵」は中国に対する日本の全面的軍事侵略がはじまり、国内的にも思想の面で重圧
が加えられようとする重苦しい時代を背景に、作者自身の昭和十三年から翌年へかけての体験を生かしながら、「人民文庫」などの文学グループとの関係、浅草の踊り子との情痴などを語り、時代的な鬱屈した心情をほりこんでいる。

高見順の年譜に即していえば、昭和十三年春に浅草の五一郎アパートに部屋を借り、浅草の生活をはじめ、「如何なる星の下に」を書く時期にあたる。その意味では「如何なる星の下に」執筆当時の作者の内面を照射する重要な手がかりともなる作品だが、興味をひくのは、「今と成つては私はいはば私の弱点を私の特徴として生きていくよりほかは無い。そして、生きるといふことは私にとつては書くといふことに他ならない……。」と「わが胸の底のここには」で書いた作者の”恥の意識”が、情痴のそれに重なり、政治的な挫折のそれとも重なっている心理的経緯だ。「或る魂の告白」と「深淵」との間を埋める振幅のおおい精神形成期が、空白のまま残されているのは、その点からみても残念でならない。
高見順全集 第3巻 / 高見順
高見順全集 第3巻
  • 著者:高見順
  • 出版社:勁草書房
  • 装丁:単行本(529ページ)
  • ISBN:4326848170

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初出メディア

週刊朝日

週刊朝日 1970年5月1日

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