書評

『ステッキと山高帽―ジェントルマン崇拝のイギリス』(勁草書房)

  • 2020/04/12
ステッキと山高帽―ジェントルマン崇拝のイギリス / 織田 元子
ステッキと山高帽―ジェントルマン崇拝のイギリス
  • 著者:織田 元子
  • 出版社:勁草書房
  • 装丁:単行本(273ページ)
  • ISBN-10:4326851627
  • ISBN-13:978-4326851621
内容紹介:
本書は文学を主な素材とするが、ジェントルマンの理念を、「人の上に立つ人」の規範として捉えてたうえで、それが、不平等が当然の古代・中世の身分階層制社会から、平等が原則の近代にかけて、どのように変化したか、また変化せざるをえなかったかを、「階級」と「ジェンダー」の視点から批判的に探ろうとするものである。

英国のジェントルマン

『ステッキと山高帽』を読む

「オヤジ」は巷にうようよいるが、「おじさま」にはめったに出会わない。おじさまはユーモアの持ち主であるが、ギャグは似合わない。音楽通であってもカラオケは苦手だろう。垢抜けた立ち居振る舞いや容姿も条件となる。ハードルは高い。

おじさま像の背後には英国の理想的人間像ジェントルマンがある。織田元子『ステッキと山高帽』(勁草書房、一九九九年)は、英国のジェントルマン像の誕生から拡散までを文学作品を中心に描出している。表題の「ステッキと山高帽」は、十九世紀末から二十世紀前半にかけてのジェントルマンのいでたちである。

ジェントルマンの源流は、中世の理想の騎士像にあるが、しだいに望ましい人間像になっていく。礼儀正しさ、自己抑制、道徳堅固、寛容、教養をそなえた品格ある人物である。だから、貴族であってもジェントルマンではないという言い方がでてくる。そうなると、貴族でなくとも人格がりっぱであれば、ジェントルマンでありうることにもなる。由緒ある家柄や高い身分の者は、人格に照らしあわせてジェントルマンかどうかが問われ、人格がすぐれている者は、身分や職業に照らしあわされてジェントルマンかどうかが問われる。誰にでも開かれているようで、開かれていない。そんな微妙なところがジェントルマン崇拝やジェントルマン・コンプレックスを生んだ。著者はジェントルマン概念をめぐるこのようなせめぎあいを小説のなかの女性や目下の者たちの冷徹なまなざしに着目することで、深みのある読みをなし、ユニークな英国社会史に仕立てあげている。

英国のジェントルマンはわが国では、「紳士」と訳され、大きな影響をあたえてきた。しかし、日本に自前の理想的人間像がなかったわけではない。「あいつは侍だ」といったときの「侍」も理想的人間像だった。「旦那(衆)」も単に有産階級というだけでなく、嗜みなどを兼ねそなえるという規範を含んだ人間像だった。庶民にも「堅気」という理想的人間像があった。貧乏でもおてんとう様に申し訳がたたないことはしていないというのが堅気の誇りであった。

「紳士」はもとより「侍」や「旦那」、「堅気」もいまや死語。「おっさん」や「おばはん」は落語の熊さんや八っつぁんを思わせる愛嬌ある人間像だが、人間像がそれだけではやはりさびしい。
ステッキと山高帽―ジェントルマン崇拝のイギリス / 織田 元子
ステッキと山高帽―ジェントルマン崇拝のイギリス
  • 著者:織田 元子
  • 出版社:勁草書房
  • 装丁:単行本(273ページ)
  • ISBN-10:4326851627
  • ISBN-13:978-4326851621
内容紹介:
本書は文学を主な素材とするが、ジェントルマンの理念を、「人の上に立つ人」の規範として捉えてたうえで、それが、不平等が当然の古代・中世の身分階層制社会から、平等が原則の近代にかけて、どのように変化したか、また変化せざるをえなかったかを、「階級」と「ジェンダー」の視点から批判的に探ろうとするものである。

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初出メディア

日本経済新聞

日本経済新聞 2005年12月18日

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