コラム

『ロイヤルスタイル 英国王室ファッション史』(吉川弘文館)

  • 2019/07/24
ロイヤルスタイル 英国王室ファッション史 / 中野 香織
ロイヤルスタイル 英国王室ファッション史
  • 著者:中野 香織
  • 出版社:吉川弘文館
  • 装丁:単行本(222ページ)
  • 発売日:2019-06-26
  • ISBN:4642083553
内容紹介:
装いや言動、恋愛や結婚は何を示し、人々はいかに受け止めたか。威光と親しみやすさを共存させてきた歴史や、気高い生き方を考える。
常にその動向が世界の注目を浴びるイギリス王室。気鋭の服飾史家・中野香織氏の近著『ロイヤルスタイル 英国王室ファッション史』では、威光と親しみやすさを共存させてきた王室の歴史と、その気高い生き方を探っている。
ここではその中から、2018年に米トランプ大統領がエリザベス女王を訪問した際のエピソードを紹介しよう。
人々の敬愛を集める女王だが、政治に口を挟むことは決してない。だが豪華なジュエリーと荘厳な衣装を身にまとう彼女の姿は、王室の威光を体現するのみならず、秘められたメッセージを発信しているのではないか――。


女王陛下のブローチを解読せよ

アメリカのトランプ大統領夫妻が、二〇一八年七月中旬、初めてイギリスのエリザベス女王夫妻を訪問した。

トランプ大統領の「ミー・ファースト」な振る舞いは、英国女王に接するときにも変わらない。ウィンザーへの到着時刻が大幅に遅れて女王を待たせたり、女王の進路を遮って前を歩こうとしたり、あたかも女王の存在を忘れたかのように振る舞ったりと、九二歳の英国女王陛下に対する態度としては当然のこと、通常の対人関係レベルで見ても失礼きわまりない行動が続き、ハラハラする場面が少なくなかった。

意外と心の中が顔に出る女王は、メラニア夫人、トランプ大統領との記念写真撮影時にも、不愉快そうな表情を浮かべているように見えた。隣に立つ大統領は、歯を見せて笑顔を作り、上着のボタンは相変わらず、トランプ流を貫いて留めないまま。ちなみに、立っている時には上着のボタンを留めるのが通常のスーツのルールである。

心の中を表情に出すことはあっても、口には出さないのがエリザベス女王である。政治的な発言ができる立場にあるわけでもない。そんな女王陛下を敬愛してやまない民は、女王がトランプ大統領と接した三日間につけられたブローチの意味を深読みすることで、女王が実はトランプ大統領をどのように扱っていたのかを、代弁しようとしたのである。

まず、最初の日につけられた緑のクローバーのようなブローチ。これはオバマ前大統領夫妻から友情の記念に贈られたものであった。ご存じの通り、トランプ大統領はオバマ前大統領の功績をことごとく否定する政策をとり続けている。
二日目につけられたのは、トランプ大統領と仲の悪いカナダから贈られた雪の結晶型ブローチ。しかも、雪の結晶(snowflake)は、アメリカでは反トランプ派の人々をほのめかす。
そして三日目のブローチとして選ばれたのは、女王の母がジョージ6世の葬式の際に着用したことで知られるブローチ。幸福や喜びの対極にある感情を連想させる。
かくしてエリザベス女王は三つのブローチを通して全世界に反トランプのメッセージを送っていた、という「解読」はツイッターで即座に共有されたのであった。

深読みしすぎだろうか?

いえいえ、ウィリアム王子とキャサリン妃の結婚式にはラブノット型のブローチをつけたり、EU離脱が国民投票で決まった後の国会の開会スピーチでは、EUの旗とそっくりな模様の帽子を着用して登壇したりする女王である。政治的な発言が許される立場にないからこそ、ひとつひとつのアクセサリーにさりげなく意味を含め、誰かに向けてメッセージを発信しているのだと思いたい。

イギリス女王のファッションアイテムを通したメッセージ解読ゲームに、全世界が「女王陛下のスパイ」気分で参加する。結果、女王の意図は明記されないけれど確実に伝わっていく。女王と人々との間に信頼が横たわるからこそ成り立つウィットに富んだ共犯関係そのものが、なんともスリリングである。ああやはり、007の国の女王なのだ。

(写真:2018年, Shealah Craighead 撮影)

[書き手] 中野 香織(服飾史家、株式会社Kaori Nakano 代表取締役)
公式HP www.kaori-nakano.com
ロイヤルスタイル 英国王室ファッション史 / 中野 香織
ロイヤルスタイル 英国王室ファッション史
  • 著者:中野 香織
  • 出版社:吉川弘文館
  • 装丁:単行本(222ページ)
  • 発売日:2019-06-26
  • ISBN:4642083553
内容紹介:
装いや言動、恋愛や結婚は何を示し、人々はいかに受け止めたか。威光と親しみやすさを共存させてきた歴史や、気高い生き方を考える。

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