書評

『イングランド社会史』(筑摩書房)

  • 2017/07/26
イングランド社会史 / エイザ・ブリッグズ
イングランド社会史
  • 著者:エイザ・ブリッグズ
  • 翻訳:今井 宏,中野 春夫,中野 香織
  • 出版社:筑摩書房
  • 装丁:単行本(545ページ)
  • 発売日:2004-06-01
  • ISBN-10:4480857583
  • ISBN-13:978-4480857583
内容紹介:
辺境の小国から世界の帝国へと発展していったイングランド。ストーンヘンジからノルマン征服、王室と議会政治、農業・産業革命、戦争、娯楽、衣食住にいたるまで、その全貌を克明に描ききった、イングランド社会史の金字塔。

身近に思う国の、いまだ知られざる姿

日本にとってイングランドは、格別な思いを寄せる国だ。大陸に近い島国であって古い歴史を持ち、経済大国の先輩でもある。バブル経済とその崩壊(1720年の南海泡沫<ほうまつ>事件)、大戦を経た厭戦(えんせん)気分や福祉社会化、サッチャーの構造改革(新自由主義)など、日本にとっても身近な問題を経験してもいる。

それゆえ戦後、一部の知識人にはその歴史が法則であり、日本もたどるはずだとみなされた。市民革命(17世紀)や産業資本家の台頭(18世紀)、第二次産業革命(19世紀)と消費社会化(20世紀)などの近代化である。ところが現実のイングランド史には、そうした机上の想定ではとても割り切れぬ興味深いエピソードに溢(あふ)れている。そんな逸脱にこそ、この複雑な国の本質があるのではないか。

とりわけそう印象づけるのが、政治史や経済史とは視点の異なる社会史だ。日本人の手になるものとしても角山栄・川北稔編『路地裏の大英帝国−イギリス都市生活史』(平凡社)などはイングランドの意外な素顔を紹介してくれた。ただ類書は多いものの、個人で通史を描ききったものとなると、G・M・トレヴェリアンの1944年の作『イギリス社会史』(翻訳はみすず書房)が知られるのみだった。本書は半世紀の後に、膨大な成果を加え、先史時代から現在までを描く決定版である。

文学からの多彩な引用や無数の写真は拾い読みするだけで楽しいが、1873年に国土の五分の四が7千人の個人に所有されていたというデータには驚いた。政治と産業の革命で、大土地所有者は消え去ったんじゃないのか? そういえば、「1930年代では、まだ階級によって異なる多様なイングランドが共存しており」とある。サッカーにしても、いまなお下層階級のスポーツだ。

地域は今も社会の基盤で、「パブと教会」がその中心にある。スコットランドや北アイルランドの独立問題もあり、階級や地域、政体にかんしては、むしろ日本との違いが印象に残る。いまだ知られざるイングランドに誘ってくれる、美しい労作だ。
イングランド社会史 / エイザ・ブリッグズ
イングランド社会史
  • 著者:エイザ・ブリッグズ
  • 翻訳:今井 宏,中野 春夫,中野 香織
  • 出版社:筑摩書房
  • 装丁:単行本(545ページ)
  • 発売日:2004-06-01
  • ISBN-10:4480857583
  • ISBN-13:978-4480857583
内容紹介:
辺境の小国から世界の帝国へと発展していったイングランド。ストーンヘンジからノルマン征服、王室と議会政治、農業・産業革命、戦争、娯楽、衣食住にいたるまで、その全貌を克明に描ききった、イングランド社会史の金字塔。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 2004年8月22日

朝日新聞デジタルは朝日新聞のニュースサイトです。政治、経済、社会、国際、スポーツ、カルチャー、サイエンスなどの速報ニュースに加え、教育、医療、環境、ファッション、車などの話題や写真も。2012年にアサヒ・コムからブランド名を変更しました。

  • 週に1度お届けする書評ダイジェスト!
  • 「新しい書評のあり方」を探すALL REVIEWSのファンクラブ
関連記事
松原 隆一郎の書評/解説/選評
ページトップへ