書評

『反穀物の人類史――国家誕生のディープヒストリー』(みすず書房)

  • 2020/07/26
反穀物の人類史――国家誕生のディープヒストリー / ジェームズ・C・スコット
反穀物の人類史――国家誕生のディープヒストリー
  • 著者:ジェームズ・C・スコット
  • 翻訳:立木 勝
  • 出版社:みすず書房
  • 装丁:単行本(312ページ)
  • 発売日:2019-12-21
  • ISBN-10:4622088657
  • ISBN-13:978-4622088653
内容紹介:
豊かな採集生活を謳歌した「野蛮人」はいかにして原始国家に隷属し家畜化されたのか。農業革命への常識を覆し、新たな歴史観を提示。
消えゆくアラル海 / 石田 紀郎
消えゆくアラル海
  • 著者:石田 紀郎
  • 出版社:藤原書店
  • 装丁:単行本(336ページ)
  • 発売日:2020-01-28
  • ISBN-10:4865782516
  • ISBN-13:978-4865782516
内容紹介:
世界第4位の大きさの湖が、環境破壊によって消滅するという恐怖。
湖面積が琵琶湖の100倍あった世界第4位の湖、中央アジアのアラル海。それが今では、無茶苦茶な農地開発により、琵琶湖たった10個分にまで縮小した。琵琶湖のほとりで育ち、農学の道に進んだ著者が、アラル海消滅の危機にあるカザフスタンに通いつめ、その真実を描き出した画期作。日本―カザフ関係にも、著者は深く関わっていた。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

農業は自然と向き合っているか

一見無関係に見える二冊をたまたま同時に読み、現代文明がもつ自然との向き合い方を考えた。切り口は「農業」と「国家」である。

人類は農業革命によって原始的な狩猟採集生活から脱却し文明への道を歩み始めたとされ、そこには定住生活こそ魅力的であり、それが国家を生み出したという前提がある。そこでの狩猟採集民は、「未開で、野生の、原始的な、無法の、暴力的な世界」にいるとされ、闇雲に山野を駆け回る姿で描かれる。実際は協働で堰(せき)や罠を作り、獲物を乾燥したり、更には野生種の穀草を育てるなど計画的に動いていたことがわかっている。

『反穀物の人類史』は、「種としての夜明け以来、ホモ・サピエンスは動植物種だけではなく環境全体を飼い馴らしてきた」とし、狩猟、採集、遊牧、農耕は組み合わされて「人間による自然界の再編という巨大な連続体」の上でわずかずつ滲み出してきたという見方を示す。

その中での定住である。一万二〇〇〇年前には永続的な定住、農業、牧畜が登場したが、それは農業革命に直接つながりはしなかった。一つには農業が重労働だったからだが、最大の問題は集合生活に見られる疫病だ。流行が始まると人々は移動し狩猟を始める。その間数千年の歴史を追うと交易なども始まっていくのだが、上手に生きようとする試みは、農業革命、更には国家の形成へとはなかなかつながらないのである。

現在の文明へとつながる国家の登場は、紀元前三一〇〇年頃と著者は書く。そこでの国家の定義は、税(穀物、労働など)の査定と徴収を専門とし、支配者への責任を負う役人階層を有する制度とされる。穀物栽培の始まりは定かではないが、紀元前五〇〇〇年には、いわゆる肥沃な三日月地帯で主食としての穀物が栽培されていた。それは目視、分割、査定、貯蔵、運搬、分配に適しており、課税の基礎となる。こうして穀物が国家を生み、国家が灌漑を行って農耕を大規模化し、農業革命を起こした。初期の定住社会にも支配者の搾取はあったろうが、制度化に到るには穀物栽培が必要だったのだ。

ここで「アラル海」に移る。カザフスタンとウズベキスタンの間にある面積が琵琶湖の一〇〇倍もあった湖アラル海の九〇%が今では失われてしまい、二〇世紀最大の環境破壊と言われている。湖が数年で砂漠に変化した原因は、ソ連という国家の農業政策にある。そこに流れ込むシルダリア川、アムダリア川から取水した運河が砂漠の地平線まで伸び、綿花畑や水田が生まれた。水が流れこまないアラル海の湖岸線は、一日に二〇〇メートル後退する地域もあったという。湖水の塩分濃度上昇、魚類の減少、飲料水水質悪化、砂嵐の多発など、急速な環境悪化が見られた。

そして、「砂漠を緑に」と宣伝された綿花畑も、塩害での放棄が見られる。しかも排水は砂漠にしみ込みシルダリア川に戻ることはないのだ。著者らの地道な研究による実態解明と植樹を通しての環境改善の努力には語りたいことがたくさんある。ただここでは「国家」、「灌漑」という問題に注目した紹介に止める。

狩猟採集(一・〇)、農業(二・〇)、工業(三・〇)、情報(四・〇)と来た文明の五・〇への移行が言われるが、自然との関わりを考えるなら、国家という問題を含めて、農業革命から見直してみる必要があるのではないか。今思うことだ。

消えゆくアラル海 / 石田 紀郎
消えゆくアラル海
  • 著者:石田 紀郎
  • 出版社:藤原書店
  • 装丁:単行本(336ページ)
  • 発売日:2020-01-28
  • ISBN-10:4865782516
  • ISBN-13:978-4865782516
内容紹介:
世界第4位の大きさの湖が、環境破壊によって消滅するという恐怖。
湖面積が琵琶湖の100倍あった世界第4位の湖、中央アジアのアラル海。それが今では、無茶苦茶な農地開発により、琵琶湖たった10個分にまで縮小した。琵琶湖のほとりで育ち、農学の道に進んだ著者が、アラル海消滅の危機にあるカザフスタンに通いつめ、その真実を描き出した画期作。日本―カザフ関係にも、著者は深く関わっていた。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

反穀物の人類史――国家誕生のディープヒストリー / ジェームズ・C・スコット
反穀物の人類史――国家誕生のディープヒストリー
  • 著者:ジェームズ・C・スコット
  • 翻訳:立木 勝
  • 出版社:みすず書房
  • 装丁:単行本(312ページ)
  • 発売日:2019-12-21
  • ISBN-10:4622088657
  • ISBN-13:978-4622088653
内容紹介:
豊かな採集生活を謳歌した「野蛮人」はいかにして原始国家に隷属し家畜化されたのか。農業革命への常識を覆し、新たな歴史観を提示。

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毎日新聞 2020年3月1日

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