書評

『衰退しない大英帝国―その経済・文化・教育 1750‐1990』(晃洋書房)

  • 2022/06/15
衰退しない大英帝国―その経済・文化・教育 1750‐1990 / W.D. ルービンステイン
衰退しない大英帝国―その経済・文化・教育 1750‐1990
  • 著者:W.D. ルービンステイン
  • 翻訳:藤井 泰, 村田 邦夫, 平田 雅博, 千石 好郎
  • 出版社:晃洋書房
  • 装丁:単行本(269ページ)
  • ISBN-10:4771009295
  • ISBN-13:978-4771009295
内容紹介:
イギリス「衰退論」への反証!!経済史・文化史の最新の論点と成果。イギリスの変貌を論証。ジェントルマン資本主義論の決定版。19世紀以降、イギリスは「反産業精神」により衰退したのではなく、「商業・金融経済」への過程を現実的に認識し理性的に適応していった。

アカデミズムの逆襲

『衰退しない大英帝国』を読む


文明や覇権国家の盛衰論は、史想を掻き立てる人気ジャンルのひとつである。有限を生きる人間がだれしも抱く生者必滅の「原」歴史意識と響きあうからかもしれない。何百年の単位で文明や国家を俯瞰し、神のまなざしに立てるということもあるだろう。いずれにしても国民的教養や地球市民的教養の必須アイテムではある。しかし、ここに罠がある。

盛衰論は広範囲の読者の需要に応じなければならないことと、対象時間と空間の幅がひろいことから、その因果的説明は高度に一般的な、ということはアマチュア的な、文化・教育還元論――経済も政治も結局はその社会の文化や教育の質によって決定される――になりやすい。ポピュリズムを呼び込む言説の罠がついてまわる。

英国衰退論もそんな罠にはまった論説が支配した。いやそんな罠にはまったからこそ英国衰退論はジャーナリズムや世論、政治に大きな影響を与えたのだともいえる。一九八一年に刊行されたアメリカの学者マーティン・J・ウィーナによる English Culture and the Decline of the Industrial Spirit, 1850-1980 (邦訳『英国産業精神の衰退――文化史的接近』原剛訳、勁草書房、一九八四年)は、その代表書である。「ウィーナ・テーゼ」と呼ばれているものである。

ウィーナは、十九世紀半ばから、現在にいたる百年以上にわたる英国の経済的衰退は経済的要因以上に英国民の意識や文化、そしてパブリック・スクールに代表される教育にあるとした。実業家はジェントルマン文化に吸引され、その子弟をパブリック・スクールにおくり、「反産業的・反実業家的文化」を植えつけてしまった。産業革命によって英国を世界の工場にした産業精神が擬似貴族文化に吸収されることで蒸発してしまった。これが英国経済没落の原因であるとしたのである。

多くの文学作品や評論、そして田園生活好き(反都市的・反工業的)などの英国的生活様式の特質をはさんでの論の展開は、なるほどとおもわせるものがあった。自助(セルフ・ヘルプ)を信条とする産業精神の復興が必要と、サッチャーリズムにも大きな影響をあたえた。同時にサッチャーリズム・ブームの中で「ウィーナ・テーゼ」は説得力をもった。日本では、ノスタルジーとしての英国好みと経済成長の時代のなかで、狂気の成長(日本病)か、正気の衰退(英国病)かなどと独特の読み方さえなされた。

本書(W・D・ルービンステイン『衰退しない大英帝国――その経済・文化・教育 1750-1990』藤井泰ほか訳、晃洋書房、一九九七年)は、この「ウィーナ・テーゼ」に対する完膚なき反証の書である。

といっても本書に英国衰退の原因の代替的説明が呈示されているわけではない。衰退論の前提である衰退という事実命題そのものを棄却するのである。衰退説をとるものが依拠するのは製造業の衰退である。しかし、「ペティの法則」(経済発展によって、第一次産業から第二次、第三次産業に重心移動がおこる)で示されるように、英国は比較優位によって、産業革命のピークの時期においてすでに商業・金融・サービスに経済の中心を転換させていた。製造業を中心に英国経済の衰退を断定することはまちがっているというのである。それは製造業に対する妄執や物神崇拝であり、その妄執には、「性的な潜在的要素」があるからではないか、とさえもいう。製造業は「男らしさ」、とりわけ「軍事的な精悍さ」を連想させるが、サービス産業のほうは、多くの収入をもたらすにもかかわらず、「なよなよとして非生産的」とみなす潜在感情である(五六頁)。日本のものづくり産業没落警鐘論者にも聞かせたいくだりではある。

ウィーナは、多くの文学作品や評論を恣意的に引用しているが、文学作品や評論は国民文化の証拠にはならない。暴力を主題にする小説が多いからといって、現実に暴力が多いということにはならない。むしろ反対の場合もある。著者によれば、英国文化は実証的で、合理的で、親資本主義的である。だから、(ウィーナなどの)「「文化批判」は、単に誤解しているばかりではなく、実際には起こらなかったことを説明している無理な推論」(三三頁)とする。こうして、実証的データをつぎつぎに示し、徹底的に反駁する。

圧巻はパブリック・スクール問題である。「ウィーナ・テーゼ」によれば、パブリック・スクールは実業家の息子を反産業文化に馴致し、実業界から離れさせ専門職などに就かせたとされる。著者はイートンなど名門パブリック・スクール八校の卒業者名簿による膨大なデータをもとに、この(実業界からの)「才能の流出」命題を徹底的に検証する。その知見によると、パブリック・スクール入学者のうち実業家の息子の割合は意外とすくない。実業家の息子が実業に就く割合は大きかった。専門職になった者は同族経営の余剰人員である四男・五男・六男であったり、より安定した職業として専門職を選んだ合理的選択であって、反産業精神などによる選択ではない。時代によっては専門職の子弟が実業家になったものもかなりの数にのぼる。こうしてウィーナの印象論(文化論)的な衰退論が完全否定される。物証にもとづくきめ細かい推理によって思い込みの厚いベールを取り払い、事件を解決するコロンボ刑事のような手際がスリリングこのうえない。

いまでは著者の立論はアカデミズムの周辺からの遠吠えではなく、「ジェントルマン資本主義」論(英国経済は産業資本家ではなくジェントルマン階級が牽引したという説)にくくられ、「新正統派」といわれるほどになっている。下流学問(ポピュリズム)と世論、ジャーナリズム、政治の間の結託(大衆的正統化)に楔をうちこみ、破壊する本書は、まさしく上流学問(アカデミズム)の逆襲の書である。
衰退しない大英帝国―その経済・文化・教育 1750‐1990 / W.D. ルービンステイン
衰退しない大英帝国―その経済・文化・教育 1750‐1990
  • 著者:W.D. ルービンステイン
  • 翻訳:藤井 泰, 村田 邦夫, 平田 雅博, 千石 好郎
  • 出版社:晃洋書房
  • 装丁:単行本(269ページ)
  • ISBN-10:4771009295
  • ISBN-13:978-4771009295
内容紹介:
イギリス「衰退論」への反証!!経済史・文化史の最新の論点と成果。イギリスの変貌を論証。ジェントルマン資本主義論の決定版。19世紀以降、イギリスは「反産業精神」により衰退したのではなく、「商業・金融経済」への過程を現実的に認識し理性的に適応していった。

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論座 2006年12月号

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