書評

『新しい目の旅立ち』(株式会社ゲンロン)

  • 2020/07/11
新しい目の旅立ち / プラープダー・ユン
新しい目の旅立ち
  • 著者:プラープダー・ユン
  • 翻訳:福冨 渉
  • 出版社:株式会社ゲンロン
  • 装丁:単行本(256ページ)
  • 発売日:2020-02-07
  • ISBN-10:490718834X
  • ISBN-13:978-4907188344
内容紹介:
新世代の小説や映画を続々発表、タイ・ポストモダンのカリスマとなったプラープダー・ユン。そんな流行作家も30代半ばを迎え、精神的危機に直面する。バンコクの喧騒を離れ自然と触れる旅に出た作家だが、新しい経験と出会うことができず、旅の失敗を危惧する。そんな折、フィリピンの作家たちとの交歓で話題に上った「黒魔術の島・シキホール島」。興味をもった彼は即座に渡航を決意する。魔女や祈祷師との対面、そして島で暮らす人々との交流のなかで再発見したのは、かつて親しんでいたスピノザやソローの哲学だった。「新しい目」で世界と出会う、小説でも哲学でもある思考の旅の軌跡。

ありのままのこの世界こそ神秘

聖なるものとは何か。神秘は存在するのか。その問いを胸に、著者はフィリピンのシキホール島へ行く。黒魔術の島とも呼ばれるここでなら、誰かが真実を教えてくれるかもしれない。

タイやアメリカの都市部で育ったユンは、都会風の暮らしにも、逆に自然に帰れと叫ぶ人々にも違和感を感じていた。もちろん、環境を犠牲にしてまで人生を楽しむ気になどなれない。だが地球を守るために、現代文明を破壊し尽くすのも違う。

大きな疑問で頭がいっぱいの彼を島で迎えてくれたのは、まったく予想外の人々だった。ベイルートの日本人学校で教師をしていた原田淑人(としと)さんは退職後、ここでリゾートを開き、観光客の世話をしながら地元の学校を回り、積極的に寄付をして、まさに島の人々と共に暮らしていた。

そして伝統医を紹介してくれたエドウィンは、島の文化を深く理解しながら、親戚を頼って、いつかアメリカに移住しようとしていた。この美しい島での暮らしは貧しい。だが外国でなら、いつかダンサーになるという夢もかなうかもしれない。

彼らと時間を過ごすうちに、ユンの中で何かが変化する。原田さんがこの島に来たのは、都市を呪い自然の中で孤立するためではない。むしろ人々に、ほんの少しでも多くの選択肢を与えるためだ。そしてエドウィンにとっては、古代からの神秘よりも、より満足できる生活のほうが大事だ。

この世界のどこかにまだあるはずの真実を探したい。こうしたユンのロマンティックな想いは、彼らの暮らしや笑顔に触れるうちに崩れ去る。そして彼は悟るのだ。今ここにあるもの全て、原田さんも自分も、都市さえも、かけがえのない神秘ではないか。

かつてスピノザは、ありのままのこの世界こそが神であると語った。その言葉に突き動かされてユンは、どんな小さなものも慈しむ、新たな目を手に入れた。
新しい目の旅立ち / プラープダー・ユン
新しい目の旅立ち
  • 著者:プラープダー・ユン
  • 翻訳:福冨 渉
  • 出版社:株式会社ゲンロン
  • 装丁:単行本(256ページ)
  • 発売日:2020-02-07
  • ISBN-10:490718834X
  • ISBN-13:978-4907188344
内容紹介:
新世代の小説や映画を続々発表、タイ・ポストモダンのカリスマとなったプラープダー・ユン。そんな流行作家も30代半ばを迎え、精神的危機に直面する。バンコクの喧騒を離れ自然と触れる旅に出た作家だが、新しい経験と出会うことができず、旅の失敗を危惧する。そんな折、フィリピンの作家たちとの交歓で話題に上った「黒魔術の島・シキホール島」。興味をもった彼は即座に渡航を決意する。魔女や祈祷師との対面、そして島で暮らす人々との交流のなかで再発見したのは、かつて親しんでいたスピノザやソローの哲学だった。「新しい目」で世界と出会う、小説でも哲学でもある思考の旅の軌跡。

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初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 2020年3月21日

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