解説

『占星術とユング心理学:ユング思想の起源としての占星術と魔術』(原書房)

  • 2020/01/09
占星術とユング心理学:ユング思想の起源としての占星術と魔術 / リズ・グリーン
占星術とユング心理学:ユング思想の起源としての占星術と魔術
  • 著者:リズ・グリーン
  • 翻訳:上原 ゆうこ,鏡 リュウジ
  • 監修:鏡 リュウジ
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(420ページ)
  • 発売日:2019-12-11
  • ISBN-10:4562057092
  • ISBN-13:978-4562057092
内容紹介:
英国の心理占星術の第一人者であり、ユング派の心理分析家であるリズ・グリーンが、ユング心理学における占星術の影響について解明した画期的な書。未公開の資料までをも発掘し、ユングの思想の源泉にせまる。
心理学的アプローチをまじえた占星術では日本の第一人者である鏡リュウジが「感服する他ない」と言うユング派分析家・占星術家、リズ・グリーンの最新刊を監訳した。未公開新資料を用いて占星術とユング心理学の新たな地平を拓く一冊だ。「監訳者による解説」を抜粋して紹介する。

占星術の第一人者が新資料を使って解き明かす

ここにお届けするのはリズ・グリーンの最新刊の全訳である。本書は2018年に『ユングの「新たなる書」の占星術的世界―ダイモン、神々、そして惑星の旅路』と合わせて刊行された。後者はユングの内的作業の記録である『新たなる書』(いわゆる『赤の書』)にみられるさまざまなイメージやヴィジョンを占星術のモチーフとの比較によって解読してゆくことを目論んでいるのにたいして、本書はその前提となるユング自身の占星術のかかわり、ユング心理学の成立にたいして占星術および古代からの秘教の伝統が与えた(かもしれない)影響の分析である。
この二冊は相補的な内容となっており、どちらも興味深いものであるが、まずは心理学史研究として重要な貢献であろう本書を訳出することにした。

リズ・グリーンは、欧米における著名な心理占星術の泰斗にしてユング派の分析家である。1976年に占星術上の土星をユング心理学的に解釈した『サターン』を刊行して以来、現代占星術に圧倒的なインパクトを与えてきた。その著作はほとんどすべていずれもベストセラーあるいはロングセラーとなっている。現代においてもっとも影響力のある占星術家の一人といって間違いないだろう。

字義的、予言的な従来の占星術をユング心理学の手法と洞察を加えて、知的な読者層にとってもアピールするものに深化していった業績は、占星術の歴史の中でも重要なものとして今後も記憶されるはずだ。現在、「心理占星術」を標榜する占星術家は多いが、英国占星術界の重鎮ニコラス・キャンピオンが言うように「その詩的で雄弁な独創性と象徴の理解の度合いという点で、リズ・グリーンに匹敵する水準に達したものはいない」。

とくに20世紀後半、占星術実践者たちの中でグリーンはまさに輝いていた。僕自身、若いころからグリーンには大きな影響を受けてきた。その著書のいくつかを日本に翻訳紹介することができたのは僥倖というほかない。

ところがグリーンは「実践者」であるにとどまらなかった。もともと極めて知的な占星術家ではあるのだが、ここ15年ほど、よりアカデミックな領域にその軸足を移しているのである。「カルチャー&コスモス」誌を中心に発表されている様々な論文、あるいは二つ目の博士号のための論文を元にした著書『マギとマギディム 1860年から1940年までの英国オカルトにおけるカバラ』(2012)は、実践者ではなく「研究者」グリーンとしての業績である。

現代占星術の歴史を研究するカーク・リトルの表現を借りれば、グリーンは自分自身を「再発明」(reinvent)したことになる。人生の後半においてなお、立場に甘んじることなく旺盛な探究心を発揮するグリーンの姿勢には、感服する他ない。そして日本語で「研究者」リズ・グリーンの姿が見られるのは、本書において初めてである。

本書を開いてまず驚かされるのは、長大な参考文献および広範で詳細な引用に見られるグリーンの学識である。古代から現代にいたるまでの占星術や神秘哲学の一次文献はもちろん、グリーンが「境界的な領域」を対象にする昨今の秘教研究、そしてこのところ急速に進んでいるユング研究の成果が網羅されている。

そして何よりも貴重なのは、グリーンがユングの遺族の協力を得て、ユングの私的アーカイブに分け入り発掘してきた、ユングと占星術をめぐる新資料の数々である。ユングが占星術を実践していたことはこれまでもよく知られていた。ユングが同時代の占星術家たちと活発に交流した書簡、あるいは、ユング手描きのホロスコープまで、これまで知られていなかった資料をグリーンは発掘して、公開しているのである。

[監訳者による各章の簡潔な解説――はじめに:「哀れな学問」の研究、第1章:ユングは占星術をどう理解していたか、第2章:ユングの占星術師たち、第3章:能動的想像と神働術、第4章:ダイモン召喚、第5章:「大いなる宿命」、第6章:「来たるべきものの道」――は本記事では省略した]

ユングを非近代的、非合理なオカルト主義者とみるか、あるいは、そうしたオカルトを「心理学化」した合理主義者と評価するか、研究者たちの立場の振り幅は極端に大きい。それはユング自身の理解に従えば、我々が未だ二匹の魚に象徴される「この時代の精神」と「深みの精神」の深い淵に引き裂かれているが故なのであろう。

本書はユング研究者には大変重要な素材を提供している。そして占星術家にとっては、昨今、盛んな「伝統・古典占星術」復興、再構築の動きを補完するものとしても重要であることを指摘しておきたい。

「心理」占星術と伝統的な占星術は見かけ上対立する面もあった。それは心理占星術が近代において「発明」された、歴史的連続性をもたないものであるという見方によるところが大きい。しかし、本書を読めばそれが短絡的な理解であることがはっきりするはずである。

このところ注目されている古典的、伝統占星術は(擬似)アリストテレス的因果論に基づく占星術であり、たしかにこれは技法の上では占星術の伝統の中では主流に属する。しかしその一方でグノーシス主義、新プラトン主義、ヘルメス思想に基づく占星術も存在し、それはユングへと流れ込んでいるのだ。この観点に立てば現代の心理占星術もまた「古典」の系譜の先にあるものなのである。

本書がユングをめぐる理解を、そして現代の霊性の理解の一助となるのを祈って筆をおくことにしよう。

[書き手]鏡リュウジ(心理占星術研究家・翻訳家)
占星術とユング心理学:ユング思想の起源としての占星術と魔術 / リズ・グリーン
占星術とユング心理学:ユング思想の起源としての占星術と魔術
  • 著者:リズ・グリーン
  • 翻訳:上原 ゆうこ,鏡 リュウジ
  • 監修:鏡 リュウジ
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(420ページ)
  • 発売日:2019-12-11
  • ISBN-10:4562057092
  • ISBN-13:978-4562057092
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