書評
『聖者のかけら』(新潮社)
中世の豊かさ伝える魅惑の群像
13世紀はとても面白い世紀だ。ローマ皇帝の英傑フェデリーコ2世、モンゴル帝国のクビライ・カアン、イスラームの英雄バイバルスたちが、綺羅星(きらぼし)のごとく、目白押しだ。また、キリスト教の世界でも、激震が走った時代だった。南フランスを根城にローマ教会に反旗を翻した善悪二元論のカタリ派、それに対抗する形で結成されたドミニコ会やフランチェスコ会などの新興托鉢(たくはつ)修道会がしのぎを削っていた。この世紀のイタリアを舞台に、歴史ミステリーが幕を開ける。ローマ近郊のベネディクト会の修道院に届いた聖遺物。その出所の調査を命じられた堅物の若き修道士、ベネディクトは、世知にたけた村の教会の助祭ピエトロと聖フランチェスコ大聖堂のあるアッシジへ向かう。アッシジでは大聖堂の墓所から、開祖、聖フランチェスコの遺体が消えていた。ベネディクトとピエトロがこの謎解きに挑むというのがプロットだ。
純朴なベネディクトは、この探求の旅を通じて少しずつ人生の機微を学んでいく。これは、主人公の内面の成長の過程を描く一種の教養小説でもあるのだ。ベネディクトは、最初は反発していたピエトロに次第に惹かれていく。そして2人の間には友情が生まれる。脇役も多彩だ。ピエトロを養育したジャコマおばさん、2人を守り雑事を何でもこなす大ジョヴァンニ、フランチェスコの「兄弟」の隠修士レオーネ、敵役のカルロ、フランチェスコ会の現状を糾弾するセバスティアーノ、これらの魅惑的な人々が回転木馬のように次々と立ち現れては物語を紡いでいく。ヨーロッパの中世は、暗黒時代では決してなく、さまざまな豊穣に満ちていたこともよくわかる。果たして、奇跡を起こす聖遺物の正体は? 聖者の遺体は見つかるのか。
著者は気鋭の言語学者で、幅広い分野で著作に励んでいる。歴史ミステリーは初めてということだが、続編が楽しみだ。
朝日新聞 2020年01月11日
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