書評

『ひかり埃のきみ: 美術と回文』(平凡社)

  • 2022/03/02
ひかり埃のきみ: 美術と回文 / 福田 尚代
ひかり埃のきみ: 美術と回文
  • 著者:福田 尚代
  • 出版社:平凡社
  • 装丁:単行本(209ページ)
  • 発売日:2016-11-18
  • ISBN-10:4582220231
  • ISBN-13:978-4582220230
内容紹介:
現代美術家にして回文作家である著者の二つの顔を綜合した初の驚異の作品集

くり返し闇となり光となる言葉

子どもは誰も本好きだ。物体としての本を、そこで繰り広げられるお話を愛して止まないが、成長するにつれて内容を読解するという客観的な態度に変わる。

だがここに、幼少期の本への偏愛を驚くべき情熱で保ちつづける人がいる。物語を超え、言葉の意味を超え、文字が物象となる地点へと歩きつづける。肩書は「美術家」だが、その行為は明らかに従来の美術にはなかったものだ。

あるとき「はじまりからも終わりからも読むことのできる言葉」にとり憑かれ、書き出したら止まらなくなった。「罪の血は蜂の蜜」のような短いのもあれば、一ページを埋める長いものもある。それがひらがなに書き下されてページに併記されているが、漢字入りだと意味が際立つのに、ひらがなだとぱらぱらして粉末のよう。まったくの別物なことに驚く。

回文作りは、消しゴムを薄く削ぐ、本のページに細かい穿孔を施す、文字を刺繍する、彫り抜く、本のページを折り込むなど、言葉や文字を消そうとする衝動に発展、その作品も写真で見ることができる。

言葉を消すことは非在する言葉を書くことにほかならず、言葉はくりかえし闇となり光となる。

輪になった回文は閉じた世界に見えるが、その輪のなかで言葉は粉々に砕かれ、「境界線の中にしみ込んでゆける」姿に変わる。隔たりを超えて世界と一体化しようとする祈り、前進ではなく、無から有へと循環しようとする行為だ。「表現しよう、伝えようということではなく、むしろ逃がそう、匿(かくま)おう、ひそかに生き延びさせよう、という願いから生まれる美術がある」

自我の行き着く果てを日々実感し呆然とする私に、この言葉は泉水のように染み渡ってゆく。「言葉は人が作ったものではない」という意表をつく表現も受け入れられる。言葉を巡るあらゆる美術行為が生命活動と結び合っているのだ。
ひかり埃のきみ: 美術と回文 / 福田 尚代
ひかり埃のきみ: 美術と回文
  • 著者:福田 尚代
  • 出版社:平凡社
  • 装丁:単行本(209ページ)
  • 発売日:2016-11-18
  • ISBN-10:4582220231
  • ISBN-13:978-4582220230
内容紹介:
現代美術家にして回文作家である著者の二つの顔を綜合した初の驚異の作品集

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初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 2017年01月15日

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