書評

『夢見つつ深く植えよ』(みすず書房)

  • 2023/03/21
夢見つつ深く植えよ / メイ・サートン
夢見つつ深く植えよ
  • 著者:メイ・サートン
  • 翻訳:武田 尚子
  • 出版社:みすず書房
  • 装丁:単行本(247ページ)
  • 発売日:1996-02-01
  • ISBN-10:4622045974
  • ISBN-13:978-4622045977
内容紹介:
片田舎に老屋を買い、ひとり住む-うぐいすに聞きほれて。家探しから個性的な隣人との出会いまで、終生のテーマとなる「孤独」と対峙した最初のエッセー。

あたかも人格をもったような家で

詩は私は読んでいないが、『独り居の日記』『ミス・スティーブンスは人魚の歌を聞く』『今かくあれども』……と、メイ・サートンの数少ない本は、私を深く癒してくれるものであった。昨年、八十四歳での訃報を聞いたときはがっかりし、「プラント・ドリーミング・ディープ」という未訳の書があると知って、その美しい題名を何度もつぶやいたりした。

本書『夢見つつ深く植えよ』(みすず書房)は、ボストンから車で二時間ほどにこんな俗化されない土地があるとは思えないネルソンに、四十六歳で始めて自分の家を持った彼女の、いわば家と土地とのつきあいを、詩人らしい鋭敏な筆で描いている。

引越したあと何か月かは、私は生者よりも死者をよく知っていた。よく私は村のある、開いた盆地から丘にのぼり、墓地に行っては、日没時の山々を見たり、そこからのより大きな視界に息をのむのだった。墓地は、春はさわやかな緑、秋には黄金色の楓の木立の下に横たわる美しいもので、冬のあいだだけ見える池に向かって、急な傾斜で下っていた。そこには、なにか人間的であたたかい雰囲気があるが、それはその墓地がかつて人々の住んだ村のあったところだという事実からくるのだと私には感じられる。

三十エーカーの土地をサートンは父の遺産で買った。地所をもたずに幸せに暮らし、各地の大学に旅して、詩を朗読して生活をたてていた詩人が土地を買ったのは、先祖伝来の古いベルギーの家具に居場所を与えるためだった。そして五つの暖炉をもち、小川にかこまれた十八世紀の農家に出会ったとき、啓示のように高麗うぐいすが、楓の木のてっぺんで鳴く。

家と出会い、補修を頼み、引越しをし、古い家具が家に落ちつき、最初の友人が訪ねてくるまでに五章がついやされる。震えやすい心と微細な目で、あたかも一つの人格であるような家を懐かしげに描き込む。

そこでは騒がしい社交はない。命を甦えらすような孤独があるだけだ。

「私は友人をひとりひとり招ぶのが好きなのだ、二人のための孤独という雰囲気があるように」

友人が去るとその不在は痛烈に感じられ、再び孤独へ戻ってゆく寂寥の瞬間がある。

孤独はなまなかではない。絶望と怒りをともなう激しいものである。しかし中年のプロの作家の仕事に対する構えに私は励まされる。

「どこで自分は自らを甘やかし、怠け、十分に正直でなかったのだろう」「成功とは、世界が侵入してくることだ」「プライドと無垢はすぐれた仕事のために、そしてつけ加えるなら、心の平和のためにも不可欠である」

サートンは「文壇」よりもこの小さな村に友人を多く持った。たとえば七十すぎの農夫パーリー・コール。「私はパーリーが自身の深い経験からきたのでない言葉を口にするのは聞いたことがない」。彼はサートンの土地を手入れした。「彼は林で藪を切り開き、私は机に向かって、言葉のしげみを刈り込んでいるのだった」

サートンは森と家と夕闇と、死たちと鼓動を共にして生きた。いま、本を読み直すたび、私は彼女の鼓動をひそかに感ずることができる。

【この書評が収録されている書籍】
深夜快読 / 森 まゆみ
深夜快読
  • 著者:森 まゆみ
  • 出版社:筑摩書房
  • 装丁:単行本(269ページ)
  • 発売日:1998-05-01
  • ISBN-10:4480816046
  • ISBN-13:978-4480816047
内容紹介:
本の中の人物に憧れ、本を読んで世界を旅する。心弱く落ち込むときも、本のおかげで立ち直った…。家事が片付き、子どもたちが寝静まると、私の時間。至福の時を過ごした本の書評を編む。

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夢見つつ深く植えよ / メイ・サートン
夢見つつ深く植えよ
  • 著者:メイ・サートン
  • 翻訳:武田 尚子
  • 出版社:みすず書房
  • 装丁:単行本(247ページ)
  • 発売日:1996-02-01
  • ISBN-10:4622045974
  • ISBN-13:978-4622045977
内容紹介:
片田舎に老屋を買い、ひとり住む-うぐいすに聞きほれて。家探しから個性的な隣人との出会いまで、終生のテーマとなる「孤独」と対峙した最初のエッセー。

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