書評

『とうもろこしの乙女、あるいは七つの悪夢』(河出書房新社)

  • 2024/04/11
とうもろこしの乙女、あるいは七つの悪夢 / ジョイス・キャロル・オーツ
とうもろこしの乙女、あるいは七つの悪夢
  • 著者:ジョイス・キャロル・オーツ
  • 翻訳:栩木 玲子
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:文庫(466ページ)
  • 発売日:2018-01-05
  • ISBN-10:4309464599
  • ISBN-13:978-4309464596
内容紹介:
女子中学生誘拐、双子の兄弟の葛藤、猫の魔力、美容整形の闇など、不穏な現実をスリリングに描く著者自選ホラー・ミステリ短篇集。

少女の狂気と日常のゆがみ

フランスのゴンクール賞作家に「好きな作家は?」と尋ねると、真っ先にあがったのがオーツだった。長いキャリアを持ち、ノーベル賞候補にも名を連ねるが、日本ではあまり知られていないアメリカ屈指の大作家に触れるには、本書は絶好の入り口である。

読んでいると目の前の何の変哲もない風景が、その背後にぴたりと身を寄り添わせていた別のいびつな風景によってじわじわと浸透され奪われていくような不安が募る。

「化石の兄弟」、「タマゴテングタケ」はともに双子の物語だ。外向的で支配的な健康な兄の人生に、内向的で病弱な弟の存在が、悪夢のように染み込んでくる。「ベールシェバ」では、主人公の男性がかつての養女から忌まわしい過去の罪をつきつけられるが、彼自身にはその記憶がない。同じ現実にありながら2人はまるで違う世界を知覚しているかのようだ。

表題作「とうもろこしの乙女」は素晴らしい。知的な遅れのある金髪の少女マリッサを、同じ学校に通う裕福な孤独な少女ジュードが、インディアンの儀式を真似て生け贄にしようとする物語である。だがここに描かれているのは、単なる少女の狂気ではない。シングルマザーで肩身の狭い思いをしているマリッサの母、ジュードの言いなりになる2人の少女、容疑者扱いされる青年教師など複数の視点が明らかにするのは、少女の心の闇ばかりではなく、アメリカ現代社会の日常に潜むゆがみや亀裂だとも言える。

その感は、中古用品店で働くイラク戦争の若い退役兵に深い同情を傾ける未亡人を描いた「ヘルピング・ハンズ」でいっそう強まる。退役兵と未亡人が生きる現実には越えがたい溝が横たわり、その醜くぎざぎざの切断面を、ひとりよがりな善意と共感によって無理に合わせようとするとき、血とも妄念ともつかぬものが流れ出し、我々の心を暗く染め上げるだろう。

【単行本】
とうもろこしの乙女、あるいは七つの悪夢 ---ジョイス・キャロル・オーツ傑作選 / ジョイス・キャロル・オーツ
とうもろこしの乙女、あるいは七つの悪夢 ---ジョイス・キャロル・オーツ傑作選
  • 著者:ジョイス・キャロル・オーツ
  • 翻訳:栩木 玲子
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:単行本(372ページ)
  • 発売日:2013-02-15
  • ISBN-10:4309206158
  • ISBN-13:978-4309206158
内容紹介:
美しい金髪の下級生を誘拐する、有名私立中学校の女子三人組(「とうもろこしの乙女」)、屈強で悪魔的な性格の兄にいたぶられる、善良な芸術家肌の弟(「化石の兄弟」)、好色でハンサムな兄に悩… もっと読む
美しい金髪の下級生を誘拐する、有名私立中学校の女子三人組(「とうもろこしの乙女」)、屈強で悪魔的な性格の兄にいたぶられる、善良な芸術家肌の弟(「化石の兄弟」)、好色でハンサムな兄に悩まされる、奥手で繊細な弟(「タマゴテングタケ」)、退役傷病軍人の若者に思いを寄せる、裕福な未亡人(「ヘルピング・ハンズ」)、悪夢のような現実に落ちこんでいく、腕利きの美容整形外科医(「頭の穴」)。1995年から2010年にかけて発表された多くの短篇から、著者自らが選んだ悪夢的作品の傑作集。ブラム・ストーカー賞(短篇小説集部門)、世界幻想文学大賞(短篇部門「化石の兄弟」)受賞。

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とうもろこしの乙女、あるいは七つの悪夢 / ジョイス・キャロル・オーツ
とうもろこしの乙女、あるいは七つの悪夢
  • 著者:ジョイス・キャロル・オーツ
  • 翻訳:栩木 玲子
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:文庫(466ページ)
  • 発売日:2018-01-05
  • ISBN-10:4309464599
  • ISBN-13:978-4309464596
内容紹介:
女子中学生誘拐、双子の兄弟の葛藤、猫の魔力、美容整形の闇など、不穏な現実をスリリングに描く著者自選ホラー・ミステリ短篇集。

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初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 2013年04月28日

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