書評
『とうもろこしの乙女、あるいは七つの悪夢』(河出書房新社)
少女の狂気と日常のゆがみ
フランスのゴンクール賞作家に「好きな作家は?」と尋ねると、真っ先にあがったのがオーツだった。長いキャリアを持ち、ノーベル賞候補にも名を連ねるが、日本ではあまり知られていないアメリカ屈指の大作家に触れるには、本書は絶好の入り口である。読んでいると目の前の何の変哲もない風景が、その背後にぴたりと身を寄り添わせていた別のいびつな風景によってじわじわと浸透され奪われていくような不安が募る。
「化石の兄弟」、「タマゴテングタケ」はともに双子の物語だ。外向的で支配的な健康な兄の人生に、内向的で病弱な弟の存在が、悪夢のように染み込んでくる。「ベールシェバ」では、主人公の男性がかつての養女から忌まわしい過去の罪をつきつけられるが、彼自身にはその記憶がない。同じ現実にありながら2人はまるで違う世界を知覚しているかのようだ。
表題作「とうもろこしの乙女」は素晴らしい。知的な遅れのある金髪の少女マリッサを、同じ学校に通う裕福な孤独な少女ジュードが、インディアンの儀式を真似て生け贄にしようとする物語である。だがここに描かれているのは、単なる少女の狂気ではない。シングルマザーで肩身の狭い思いをしているマリッサの母、ジュードの言いなりになる2人の少女、容疑者扱いされる青年教師など複数の視点が明らかにするのは、少女の心の闇ばかりではなく、アメリカ現代社会の日常に潜むゆがみや亀裂だとも言える。
その感は、中古用品店で働くイラク戦争の若い退役兵に深い同情を傾ける未亡人を描いた「ヘルピング・ハンズ」でいっそう強まる。退役兵と未亡人が生きる現実には越えがたい溝が横たわり、その醜くぎざぎざの切断面を、ひとりよがりな善意と共感によって無理に合わせようとするとき、血とも妄念ともつかぬものが流れ出し、我々の心を暗く染め上げるだろう。
【単行本】
朝日新聞 2013年04月28日
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