インタビュー

『ルネサンスの数学思想』(名古屋大学出版会)

  • 2020/12/10
ルネサンスの数学思想 / 東 慎一郎
ルネサンスの数学思想
  • 著者:東 慎一郎
  • 出版社:名古屋大学出版会
  • 装丁:単行本(408ページ)
  • 発売日:2020-12-07
  • ISBN-10:4815810109
  • ISBN-13:978-4815810108
内容紹介:
科学革命の前夜、数学や関連する諸学はどのように捉えられていたのか。それらは果たして確実なものなのか。数学の対象や認識・論証の特質、学問全体における位置づけ、教育的意義などをめぐっ… もっと読む
科学革命の前夜、数学や関連する諸学はどのように捉えられていたのか。それらは果たして確実なものなのか。数学の対象や認識・論証の特質、学問全体における位置づけ、教育的意義などをめぐって、当時の思想家たちのテキストを精緻に読み解き、見失われて久しい知の相互連関を問い直す、白眉の学問論。*本書フランス語版は、2019年にアカデミー・フランセーズ・マルセル閣下賞を受賞(ミシェル・セール氏が激賞)。
海外でも高い評価を得た著作の日本語版『ルネサンスの数学思想』がこのたび刊行されました。本書はどのような関心から書かれたのか、著者のインタビューからご紹介します。

フランスで権威ある歴史学賞を日本人初受賞 数学と科学をめぐる議論の歴史を研究

科学技術の発展は、私たちにさまざまな恩恵をもたらしてくれたが、その一方で、人間関係の希薄化、温暖化をはじめとする環境破壊、生命倫理や軍事技術の問題など多くの深刻な問題とも深く関わっており、もはや科学技術は必ずしも万能でないと言われるようになっている。現代の科学技術の基盤となった近代科学がまさに生まれようとしていた16世紀における数学をめぐる論争を採り上げた著書で、日本人で初めてフランスで最も権威ある学術団体から賞を受けた現代教養センターの東慎一郎准教授に、近代科学の発展に果たした数学の役割などを聞いた。【聞き手/毎日新聞編集委員・中根正義】

高校時代に科学の負の側面を知り、科学史研究の道へ

――東先生は「ヨーロッパ初期近代科学思想」「ルネサンス思想史」がご専門です。その中で、学生に教えていらっしゃるのはどんな科目ですか。

分野としては「科学史」ですが、入門科目である「人文科学」で、哲学も教えています。このほか、「テクノロジーと社会」という講座も持っています。これは、いわば技術哲学的な内容で、主に産業革命以降、現代では原発なども含めた環境問題や資源問題、経済的格差がテクノロジーの進歩とどう関わっているかということも視野に入れつつ、現代の技術社会を倫理の問題とも絡めながら講義しています。我々は科学技術にどう向き合うべきか、基本的な材料を学生に提供しています。

――近年、改めて教養教育、リベラルアーツの重要性が叫ばれていますが、東海大学では、どのような取り組みをされているのですか。

創立者である松前重義先生は、半世紀以上前から文系と理系の融合ということをおっしゃっていらしたわけですが、私の部署は3年前に改組によって従来の総合教育センターから現代教養センターになり、文理共通科目や文理融合科目など、学部・学科に関係なくすべての学生に教養として学んでほしいという科目を提供しています。特に、「科学史」はもともとハイブリッド的な分野で、松前先生自身も科学の歴史に関心を持たれていました。

――先生がこの研究の道に進むようになったきっかけ、この分野の面白さなどをお話しください。

私は子どもの頃から思想的なことに興味がありました。はじめは中国思想・東洋思想に興味を持っていたのですが、高校時代に文系・理系のどちらに進もうかと迷っていたときに、ドイツ哲学者、三島憲一氏の岩波新書『ニーチェ』のなかで「近代科学と技術の発達がもたらしたニヒリズム」という意味の言葉に出会い、ショックを受けました。科学技術が進歩すれば人間にとって良いことばかりだと思っていたのが、ニヒリズム、つまり価値の空白状態が生じるということを読んで、「こういう見方もあったのか」と目を開かれた思いにとらわれたのが、この道に進むきっかけの一つだったと思います。

大学に入学してから科学史という分野があることを知りました。科学は専門家がつくったものと受け止めれば良いのではなく、歴史のなかでどのように発展し、どのような利益を産みどのような問題が生じたのかを考える研究があるのだと。それがこの分野を専門にしようという直接のきっかけになりました。

16世紀に起きた数学をめぐる議論に着目

――先生の研究は、数学を別な視点から考えるという点で非常に興味深いです。先生は著書『16世紀の数学論』[フランス語版]で昨年、フランスの文芸・人文分野で最も権威ある学術団体・アカデミー・フランセーズのマルセル閣下賞に日本人として初めて選出され、学内で顕著な業績を収めた教職員らに贈られる「2019年度松前重義学術賞」も受賞しました。

数学は厳密な論理構造の究極な形と言えると思います。ヨーロッパでは、古代からずっと数学とは何かという議論が行われていて、数学と哲学、どちらが上なのかという権威争いもあったというのが、自分なりの問題関心でもありました。

――その権威争いにはキリスト教教会との絡みもあったのでしょうか。

宗教の問題とは別に、キリストが生まれる前のギリシャ哲学において、すでに数学とは何なのかという議論がありました。それがヨーロッパに入ってくるとキリスト教との関係も生じて複雑になるわけですが、純粋に哲学的な認識論のなかで議論が続けられてきました。私の研究では、16世紀においてどういう議論の段階だったのかがテーマになっています。

古代ギリシャのアリストテレス、プラトンのテキストにおいて既に数学的知識とは何だろうという問題があり、それが古代世界の終焉(しゅうえん)後も引き継がれ、12世紀以降、キリスト教ヨーロッパで古代の失われた知識をもう一度吸収するという過程で、数学は現実を正確に写し取ったものと言えるのかどうかという関心から、いろいろな哲学者が古代からの議論に再び注目しました。この問題は16世紀に一部の哲学者の間で激しい議論になりました。この時代はコペルニクスが地動説を唱え、ガリレオも生まれた時代でしたので、数学をめぐる論争も近代科学革命の前哨戦ではないかという形で科学史のなかで注目されていました。ただ、これまでの研究はあまり歴史的に厳密ではありませんでした。16世紀には16世紀の文脈があって、それはガリレオともニュートンとも違った文脈だったはずです。なぜこの時代に議論が起きたのか、改めて考えたいというのが『16世紀の数学論』を書いた動機でした。数学的知識が自然科学との関連でどのように哲学的に理解されていたのかを調べる中で、17世紀とのつながりより、古代ギリシャや中世アラビアとのつながりが重要であることが分かりました。

――「近代科学」という概念はどのようにして生まれたのでしょうか。それまでの科学とはどのように違い、現代にどう結びつくのでしょうか。

近代科学という名称は非常に一般的です。教科書などでは17世紀に近代科学が生まれたと単純化して書いていますが、18世紀の啓蒙思想も、ダーウィンの進化論も、20世紀以降の量子力学や遺伝学などもまだ生まれていない。17世紀の「近代科学」はかなり限定されていて、実は近代的な天文学や物理学が中心なのです。17世紀では、実験と数学的な分析を使って自然現象が理解できるという考え、これがたぶん新しかったのではないでしょうか。これはアリストテレスにも中世の科学にもわずかしか、ないしはまったくなかった考え方で、だからこそ画期的だと言われたのでしょう。

――そういうわけで、数学は近代科学を考えるうえで重要なわけですね。

自然現象は本当に数学的な構造を持っているのかどうかは、誰も確定的な仕方で確かめたことはありません。数学的な構造を持っていると仮定すればここまで分かるが、それが宇宙全体から見て本当の真理なのかどうかは、誰も証明していません。そうなると、現代の科学は、「数学的かもしれない」という一つの仮定、見方のうえにのっかっているわけですよね。ガリレオやニュートンは数学によって世界の新しい見方を提示したと言えると思います。

――それが現代の科学のシーズ(種)になったと。

その通りだと思います。日本が近代科学を輸入したのは明治時代以降で、そのとき近代国家を急速に形成するために一番役に立つ部分に着目したのが、日本の科学の出発点でした。だから、科学というと多くの場合技術と結びつけて「役に立つか」という視点から見てしまいますが、それは違うのではないか、というのも私の研究の原点になっていると思います。ヨーロッパの人々にとって、科学というのは元来「世界観」のことで、人間の生き方にも関わってくるという一つの「思想」です。ただ単に物質的に役に立てば良いというものではないのです。

アイデア次第で新しいことにチャレンジできる、それが学問の魅力

――最後に、この分野を学ぶことの魅力など、メッセージをお願いいたします。

古典を読むことはやはり大事で、古い思想を侮ってはいけないと思いますね。現代の問題に関する答えがそのまま書かれているわけではないのですが、問題を捉えるために必要な視座が得られ、自分なりの軸を設定することができると思います。学問の面白いところは、新しいアイデアが重要になるという点です。私も思い切ったアイデアで勝負していきたいし、若い人たちも積極的にチャレンジしてほしいと思いますね。iPS細胞や電気自動車の研究など、「役に立つ」研究も大事ですが、何が「ほんとうに」役に立つのかは、社会系、人文系学問の視点がなければ理解できません。日本や世界の状況は混迷を深めていますが、科学や技術の成果や方法論をじゅうぶん踏まえつつ、思想や歴史に立脚しながら人間と世界の未来を考えることがますます重要になるでしょう。

[語り手]東慎一郎(1971年千葉県生まれ。東海大学現代教養センター准教授)
[聞き手]中根正義(毎日新聞編集委員)
ルネサンスの数学思想 / 東 慎一郎
ルネサンスの数学思想
  • 著者:東 慎一郎
  • 出版社:名古屋大学出版会
  • 装丁:単行本(408ページ)
  • 発売日:2020-12-07
  • ISBN-10:4815810109
  • ISBN-13:978-4815810108
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科学革命の前夜、数学や関連する諸学はどのように捉えられていたのか。それらは果たして確実なものなのか。数学の対象や認識・論証の特質、学問全体における位置づけ、教育的意義などをめぐっ… もっと読む
科学革命の前夜、数学や関連する諸学はどのように捉えられていたのか。それらは果たして確実なものなのか。数学の対象や認識・論証の特質、学問全体における位置づけ、教育的意義などをめぐって、当時の思想家たちのテキストを精緻に読み解き、見失われて久しい知の相互連関を問い直す、白眉の学問論。*本書フランス語版は、2019年にアカデミー・フランセーズ・マルセル閣下賞を受賞(ミシェル・セール氏が激賞)。

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東海イズム 2020年4月1日

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