「触れ合えない時代」が考えさせること
私たちはこれまで、万能細胞や遺伝子加工、あるいは組み換えといった身体を人工的に操作する技術の発展に伴い、人間の身体は物質的なもので、身体の改造はかなり人工的にできるものだという身体観が強くなっていたと思う。ところが2020年、新型コロナウイルスの猛威が人々を不安に陥れ、私たちは人間の弱さや無力さに改めて直面することとなり、人間の身体は思っていた以上にはるかに弱く、制御できないものであることを思い知ることとなった。そして緊急事態宣言に伴う巣ごもり生活を強いられた結果、オンラインの会議や講義が一気に増えた。そして一堂に集まらなくてもできるオンライン会議やテレワークのメリットも改めて思い知ることとなった。しかしその反面で、私たちはそこに何か物足りなさや味気なさのようなものを同時に味わうことになった。相手の顔が見えて声もちゃんと聞こえれば、コミュニケーションは問題なくできるはずなのに、話していてもなぜか相手の人間性が色あせてしまい、「つながった」実感が得られず、もどかしさややりきれない感覚だけが残るという、かつてない経験をした人も多かったに違いない。
コロナがもたらしたこうした二つの経験は、私たちの身体が持つ意味について改めて考え直す契機となった。身体は弱く、制御できないものであるが、私たちの深い満足感や生き生きとした感覚をもたらしてくれるものでもあり、日常生活で欠くことができない愛おしむべき大切なものであることを思い出させてくれた。
皮膚感覚を回復し、心と身体のバランスを取り戻す
数ヵ月ぶりに会った恋人同士が思わず抱き合うのも、悲しみに沈む友の背中にそっと触れるのも、思わぬ失敗をして自身の顔を手で覆ってしまうのも、すべて身体が発している無意識の行動である。そしてそうして思わず身体を動かしていたり、触れる身体の感覚があるからこそ、「リアルな心」「本当の心」を味わい経験することができるのだ。オンラインやAI が存在感を増していく世の中にあって、どこかしっくりこない感覚が残るのは、そのような生身の身体が置き去りにされているからではないだろうか。身体は確かに物理的に見れば物質ではあるが、見方によっては心と一体化したもの、つまり心でもある。だから自分の体を傷つければ心も傷つくし、逆に自分の体を慈しむようにすれば、心も慈愛に溢れることになる。心は身体を通じてそれを表現し、その表現を通じてその様態はまた変化するといったダイナミックなものだ。急速に変化する時代の中に生きる私たちは、体の健康だけ、心の健康だけをそれぞれ別のものとして追求するのではなく、その両面を一体として統合的に見る見方が必要だと思っている。それはテクノロジーによって作られたアバターとしての身体ではなく、生身の身体であり、皮膚感覚を持った身体である。そうした感じる生身の身体を回復させることでしか、躍動するようなみずみずしい心を回復させることはできないだろうと思う。
本書はそのような観点から、自分自身で体と心を取り戻し、体(皮膚)を通して自分を慈しみ、ストレスに負けないしなやかな体と心を育むことを目的として書いてみた。
まず1章では、現代の閉塞感漂う時代を生きる私たちにとって、体と心をどのように一体化させて取り戻すことができるか考えてみたい。そして2章では、自身の皮膚を慈しむように触れることが、いかに自分を愛する心を育み、自分を自由にしてくれるか、その具体的な実践方法とともにみていきたい。次いで3章では、2章とは逆に自分を傷つける行為を、一種のストレス対処法としてとらえ、そこから自分を回復させる新たな手法について大胆に提示してみた。最後の4章では、さらにウェルビーイング(幸せなあり方)やストレスのない充実した日常を送れるように、幸せホルモンのオキシトシンをヒントに、五感を大切にする生活様式や、幸福で生き生きした心を手に入れる方法について紹介している。
本書を参考にして、多くの人が少しでもストレスの少ない充実した人生を歩むのに役立ててもらうことができれば、著者としては望外の幸せである。
[書き手]山口 創(やまぐち・はじめ)
1967年、静岡県生まれ。早稲田大学大学院人間科学研究科博士課程修了。専攻は健康心理学・身体心理学。桜美林大学教授。臨床発達心理士。タッチングの効果やオキシトシンについて研究している。著書に『手の治癒力』『人は皮膚から癒される』(以上、草思社)、『皮膚感覚の不思議』(講談社ブルーバックス)、『子供の「脳」は肌にある』(光文社新書)、『からだの無意識の治癒力』(さくら舎)など多数。