前書き

『世界を変えた100のシンボル 上』(原書房)

  • 2022/11/09
世界を変えた100のシンボル 上 / コリン・ソルター
世界を変えた100のシンボル 上
  • 著者:コリン・ソルター
  • 翻訳:甲斐 理恵子
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(208ページ)
  • 発売日:2022-09-16
  • ISBN-10:4562072083
  • ISBN-13:978-4562072088
内容紹介:
本書はよく知られた100の記号、サイン、シンボルについて詳しく解説。アイデアの源泉となるヴィジュアル・レファレンス。
このマークはなぜこういう形なのか、どのように生まれたのか? よく知られた記号、サイン、シンボルを整理し、それらの起源や作られた経緯などをくわしく見てゆきます。ヴィジュアル・レファレンスとして、アイデアの源泉ともなる本書から「はじめに」を特別公開します。

サイン、シンボル、マーク、ロゴの歴史とそこに込められた意味を探る

わたしたちはシンボルの時代に生きている。シンボルのおかげで、貿易や海外旅行を阻んでいた地形や言語の壁はなくなった。今日、あらゆるものにそれぞれのシンボルが存在するので、言葉はもはや必要ない。

定義によると、シンボルとは概念を表した記号である――つまりシンプルですぐに理解できるコミュニケーション手段だ。シンボルを使う目的は、物事の解説、方角の指示、特徴の説明、そして明確な警告を混乱なく伝えることだ。シンボルの解釈を間違えたら、命を落とすことにもなりかねない。シンボルとは、わたしたちがどんな場所や集団に属しているか、どこへ行こうとしているか、そこに到達したら何をするべきか(あるいはしないべきか)を知る手がかりなのだ。
シンボルはわたしたちの世界に不可欠な要素である。本書でとりあげる項目のほぼ半数は20~21世紀にデザインされた。一方で、2000年以上の歴史があるものは5分の1足らずだ。現代社会ではシンボルが書き言葉に取って代わりそうだが、最古のシンボルのなかには書き言葉が誕生する前に創られたものもある――いや、象形文字の場合は、むしろシンボルが文字言語の起源なのだ。


本来の意味が失われてしまったシンボルも存在する。たとえばスコットランドのピクト人の文明は滅び、石に彫られた数百のシンボルしかそれを記録するものは残っていないが、その意味は謎だ。対照的に、新たな使い方や意味を見出したシンボルもある。
たとえば本書で紹介する最古のシンボル、卍(まんじ)は、2万年ものあいだ平和と幸運の象徴だった。しかしその肯定的な遺産は、ナチス・ドイツによってわずか25年で破壊された。他のシンボルと同じように、卍はそのわずかな使用期間と強く関連づけられるようになり、それよりはるかに長い歴史の大半を失ったのだ。
現在は黒人差別に反対するブラック・ライブズ・マター運動と密接に結びついている握りこぶしのシンボルにも、じつは100年以上の歴史があり、労働者の抗議運動に由来する。
そして本書で紹介するもっとも新しいシンボルは、ほぼ間違いなくもっとも古く、もっとも自然界に近いサイン、つまり虹を下敷きにしている。新型コロナウイルスのパンデミックが始まると、現実的にも比喩的にも嵐のあとの希望のしるしが熱望されるなか、イギリスの献身的な医療従事者へ感謝の気持ちを伝えるという新たな役割が虹には与えられた。
シンボルは人間ならではの創造物だ。たとえば、アメリカ先住民が自分たちの狩猟の場面や馬に乗って侵略してきたスペインのコンキスタドールを最初に描いた理由は、簡単に理解できる。しかし彼らは、シンボルのような省略表現も考案しているのだ。ユタ州のニュースペーパー・ロックに見られる太古の岩石線画はその好例である。
しかしシンボルが体現するのは、それが描写する以上のものだ。シンボルは比喩であり、それが象徴する物体と関係する抽象概念も示唆する。たとえば本書に登場する古いシンボルには霊的な意味合いを持つものも多く、それによって単なる描写を超えた力が与えられている。聖人や神々は、ヘルメスの使者の杖からキリスト教の多種多様な十字架にいたるまで、彼らと関連する物体によって象徴される。生命の樹、六道輪廻図、陰陽のシンボルは、どれも人間の在りようの比喩だ。
とはいえ、すべてのシンボルが深遠で難解なわけではない。特定の信仰心をはっきり示すための宗教的なシンボルもあれば、権力者への忠誠心の証となるより世俗的なシンボルもある。紋章のシンボルは、有力者一族の家族や財産を確認するための方法として始まり、やがて彼らの敵や友でも見分けられるエンブレムになった。このようなシンボルは、さらに大規模な国民意識のサインに――たとえば国旗や国花等々になり、国民のプライドを強くくすぐる。こうした帰属意識は、ユニフォームから航空機にいたるまで、あらゆる軍需品に描かれる軍事記章にも根差している。それは国や法律への忠誠を示すものだ――なったが、どくろと2本の大腿骨が描かれた海賊の旗の場合は、どちらにも忠誠心を抱かないという主張になる。


紋章は、時代遅れな虚飾以外、もはや実用的な機能は持っていない。現代社会では、企業ロゴや、サッカーのサポーターが着るチームユニフォームのエンブレムが新たな紋章なのだ。政党や、NATO、国連といった組織はアイコン制作を依頼し、それが王家の紋章と同じように品位と権威を組織に与えてくれることを期待する。
営利企業が自らを表現するシンボルを選択するのは、より難しい作業だ。ビジネスのなかには、由緒正しい系譜や歴史を主張することで利益を得ているものもある――ウィスキー蒸留所や時計メーカーはその好例だ――が、大半のビジネスは現代的な印象を、つまりその製品がわくわくするほど新しく、よそのものよりも優れているという感覚を前面に打ち出そうとする。これは業界での歴史が長くなればなるほど難しくなる。たとえばマイクロソフトのウィンドウズは、ソフトウェアの各バージョンが前バージョンよりも優れていることを証明するために、その四角いシンボルをひっきりなしに刷新してきた。新顔のOSアンドロイドのロゴでさえ、誕生してから15年のあいだに数回の変更を繰り返している。一方アップルは、半世紀近くにわたり食べかけのリンゴの同じロゴを使い続けているが、色とりどりのストライプは見なくなって久しい。

国境も障害も乗り越える言語として



効果的なシンボルもあれば、印象に残らないシンボルもあるのはなぜだろう? グラフィックデザイナーやシンボルに専門的な関心を持つ人々は、シンボルのメッセージを補強する複雑な視覚言語を理解している。たとえば色は、見る人にそれぞれ異なる効果をもたらす。血の色である赤色は、ほぼ必ず危険を意味するのに対し、緑色は自然や成長、豊かさ、再生を思い起こさせる。そのため赤は「止まれ」を、緑は「進め」を意味するのだ。青色は海や空の色なので、永遠、空間、好機を暗示する。そして黄色は歴史上病気と関連づけられてきたので、警告を伝えるために使われることが多い。さまざまな色の素朴な旗は、数世紀にわたり海上や浜辺で、あるいはモーターレースで、効果的な合図として利用されてきた。
道路標識は、それが知らせる情報の種類によって色分けされ、さらに形も分けられている。大半の国では、制限速度のような直接的指示は円形の標識、一方、交差点やカーブといった前方の道路状況についての情報は三角形の標識が使われている。ドライバーはそのような区別など気にも留めていないかもしれないが、潜在意識レベルで理解し、それぞれの形に対して異なる反応を示す傾向がある。無視してはいけない形の標識をうっかり無視しようものなら重い罰金が科されるとなると、なおさらだ……。
ほとんどのシンボルの狙いは見る人に何かを知らせることだが、何かを隠すことが目的のシンボルも存在する。たとえば軍用機の国籍マークは、国籍を明示するために誕生したが、現在は外国の上空を気づかれずに通過する必要性から、灰色の機体に灰色で国籍マークを描く空軍も現れている。過去の時代、錬金術師はありふれた金属から金を創り出すために使う物質を独自の秘密のシンボルで表した。成功したらライバルにアイデアを盗まれるかもしれないと恐れたからだ。これは現代のデジタル暗号の初期バージョンと言えるだろう。
世界を変えた100のシンボルのリストを見ると、ほとんどの人が50の項目については同意し、残りについては強く異議を唱えるだろう。本書のシンボルは、生活のあらゆる場面から選び出した――宗教にリサイクル、平和のサインにパンダ、政治やトランプ、卍もあれば科学分野のシンボルもある。あまりにありふれたものもあれば、新たな発見もあるだろう。その大半は現在も利用され、国境も障害も乗り越える言語として、いまもわたしたちに意味や情報を伝えてくれる。どうかこれからもシンボルの意味を読み続けていけるようにと願わずにはいられない。

[書き手]コリン・ソルター(歴史ライター) 
マンチェスターメトロポリタン大学(イギリス)とクイーン・マーガレット大学(スコットランド・エディンバラ)で学位を取得。邦訳書に、『歴史を変えた100冊の本』(エクスナレッジ)、『世界を変えた100のポスター 上・下』、『世界を変えた100のスピーチ 上・下』、『世界で読み継がれる子どもの本100』(以上、原書房)などがある。
世界を変えた100のシンボル 上 / コリン・ソルター
世界を変えた100のシンボル 上
  • 著者:コリン・ソルター
  • 翻訳:甲斐 理恵子
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(208ページ)
  • 発売日:2022-09-16
  • ISBN-10:4562072083
  • ISBN-13:978-4562072088
内容紹介:
本書はよく知られた100の記号、サイン、シンボルについて詳しく解説。アイデアの源泉となるヴィジュアル・レファレンス。

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