前書き

『捏造と欺瞞の世界史 上:創作された「歴史」をめぐる30の物語』(原書房)

  • 2023/03/30
捏造と欺瞞の世界史 上:創作された「歴史」をめぐる30の物語 / バリー・ウッド
捏造と欺瞞の世界史 上:創作された「歴史」をめぐる30の物語
  • 著者:バリー・ウッド
  • 翻訳:大槻 敦子
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(340ページ)
  • 発売日:2023-02-21
  • ISBN-10:4562072628
  • ISBN-13:978-4562072620
内容紹介:
伝説的偉人から国家隆盛を支える「歴史」は、どのように「創作」されていったのか。人間の性(さが)が生み出した「歴史」の本性。
宗教の開祖から歴史的偉人、国家の威光をいろどる「史実」は、どのように生まれ、拡大していったのか。「物語(ナラティブ)」を求める人間の性(さが)が生み出した「歴史」の本性を見つめ直した書籍、『捏造と欺瞞の世界史』より序章の一部を公開いたします。

世界各地の「力の物語」をたどる

「力」と聞くと、わたしたちは経済、軍事、政治の分野を考えがちだ。紛争が絶えることのない現代では、レーダーに探知されないステルス航空機や誘導装置つきのスマート爆弾が頭に浮かぶ。古い話ならば、馬に乗るか、大砲で武装した帆船でやってくる侵略者を想像する。力が宮廷の指導者、エリート、画家、彫刻家、物語作家による無形の創造物だと考える人はめったにいない。けれども文明の誕生以来、王、帝国、社会はずっと、碑文、浮き彫りアート、文学作品、政治冊子で、みずからを強大に見せる「物語」を作り上げてきた。本書は世界各地の文化における「力の物語」をたどるものである。本研究の結果を大きく左右するのは作り話と事実の識別だ。特に後者は実証的な手法を用いる経験科学の発展によって確かな知識になりつつある。

「物語」を作り上げる理由は、想像力を駆使して個人、社会、文化、イデオロギーを特別な上位の存在に仕立て上げる必要があるからだ。ルネサンスより前の時代、ものごとの意味は「物語」を通して記憶され、伝えられた。歴史学者ヘイドン・ホワイトは「物語」をひとつの文化に属するメンバー全員が理解できる「メタコード」と表現している。哲学者ロラン・バルトはより広義に「国境を越え、複数の歴史と文化にまたがるもの」と呼ぶ。人類学者ドナルド・ブラウンは「人類すべてに共通するもの」と定義したうえで、「物語」は世界各地の文化がいかに歴史を仕組んできたかを明らかにするために役立つ情報の宝庫だと述べている。いたるところで歴史がねじ曲げられていることを考えれば、力というものの社会的また心理的な性質を研究するにあたって「物語」が貴重な分野であることは明らかだ。

「物語」の調査からわかることは多いが、本研究に関係しているものは3つある。まず、文明が誕生した当初から、王やその側近が人格、地位、権威を高めるために「力の物語」を作り上げていた点である。客観的に見ればそれらは歴史的事実に反しており、ほぼすべてがフィクションだ。王や立法者だけではない。世界のおもな宗教の教祖として知られる心の導き手たちも同じである。次に、人々が総じて「物語」を受け入れて、ほぼ全面的に自分たちのリーダーを支え、王国や帝国に身を捧げる形で応えたことだ。そうした行動は観察から明らかである。たとえ歴史的な事実からかけ離れていても、「物語」はそれにかかわる人々が望むとおりに欲求を満たしてくれるのである。3つ目は、国家主義者や帝国主義者の行動――自分たち以外の文化の征服、場合によっては迫害、宗教裁判、処刑、民族浄化、無差別な破壊――を正当化するべく、帝国の起源や背景となる歴史を語る巧妙な「物語」が、世界中の人々に力を与えてきたという点である。第二次世界大戦後、世界人口は4倍に膨れ上がり、宗教、国家、国際政治同盟、異質な文化のあいだの紛争が増加して、人類は社会、政治、経済の生活と科学が入り乱れた時代に突入した。ゆえに、事実をフィクションから切り離す作業はこの21世紀の喫緊の課題だろう。

現代でも強い影響力をもつ虚構

本研究では、いたるところで生じている「物語」の内在化について探っていく。人間には、自分自身の人生のストーリーと社会全体の関心とを合体させる「認知ブレンディング」の能力があり、またそうしたがる傾向もある。認知ブレンディングでは自分が文化の「物語」の「当事者」になる。のちに述べるように、エジプトのファラオを埋葬したピラミッド型の墓所の建設やローマにあるトラヤヌス帝の記念柱に施された螺旋状のレリーフが完成したのは、人々が大きな文化の「物語」のなかで暮らしていたためである。そうした壮大な建造物は支配者や権力者の力を強化し、作り上げた職人に満足感を与えた。石造職人は要塞や港を築きながら、文化的な権力をもたらす「物語」もせっせと作っていたのである。

大帝国の多くも創設にまつわる巧妙な「物語」を展開してきた。シュメール人、ヘブライ人、ローマ帝国、フランク王国、大英帝国、インドのマウリヤ王朝は、時間的にも空間的にも誇張して過去のできごとを語る、いつわりの系譜を作った。その多くは考古学調査によって作り話であることが明らかにされている。そうした「物語」からはそれぞれの時代の社会と政治の実態を映し出す非科学的な世界観がわかる。ルネサンス以降、支配者や指導者は、人々を包み込み、人々が入り込んで暮らしていけるような「物語」を作り上げてきた。清教徒の聖職者は、ニューイングランドの植民者を新たに神に選ばれた人々とみなし、植民地化を悪魔の陰謀との戦いとみなす「物語」を描いた。その「物語」は、権威主義だったイギリスの君主制によって迫害され、荒れ野のなかで信仰を保とうとしていた移民の心理的なニーズを満たした。19世紀にカール・マルクスが作った資本主義エリートの台頭を非難する革命「物語」は、やがて、ロシアと中国の数え切れないほどの人々の心を巻き込むことになった。20世紀に入ると、第一次世界大戦の賠償に苦しむ多くの国民を抱えた国家で、アドルフ・ヒトラーがアーリア人の優位性とユダヤ人の悪影響を説く「物語」を創作し、彼がいうところの「最終的解決」の実行に向けて何千何万もの人々を動員した。最近になって、度重なる不平等を味わった人々のあいだに新しい「物語」が誕生したことは記憶に新しい。古代のカリフの劇的な生まれ変わりと古くから予言されていた世界滅亡の戦争は、その「物語」のなかで生きようとする世界各地の若者の注意を引いた。現在(2020年)、過激派組織ISは崩壊寸前だが、新たなミレニアムに多くの人々の心をつかんだ物語のパワーを見れば、にせの権力を作り上げるうその歴史の影響力がなおも健在だとわかる。歴史に残るさまざまな例を見ると、「物語」の虚構が、文明の誕生から現在まで変わることなく、きわめて効果的でありながら正しく認識されていない力の道具であることは明らかだ。その力を分析すれば、過去数千年の世界史をかつてない視点からとらえることができるだろう。

[書き手]バリー・ウッド
カナダ生まれ、アメリカに帰化。スタンフォード大学で英米文学、人文学、宗教学の博士号を取得。ヒューストン大学でビッグバンから現在までの宇宙の物語の歴史と人類の状況との深いかかわりに重点を置く「コズミック物語」の教鞭を執る。テキサス国際教育コンソーシアムとマレーシアのマラ工科大学でも教壇に立った。そのほかさまざまな学術誌に寄稿している。国際ビッグヒストリー学会の創設メンバーでもある。
捏造と欺瞞の世界史 上:創作された「歴史」をめぐる30の物語 / バリー・ウッド
捏造と欺瞞の世界史 上:創作された「歴史」をめぐる30の物語
  • 著者:バリー・ウッド
  • 翻訳:大槻 敦子
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(340ページ)
  • 発売日:2023-02-21
  • ISBN-10:4562072628
  • ISBN-13:978-4562072620
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伝説的偉人から国家隆盛を支える「歴史」は、どのように「創作」されていったのか。人間の性(さが)が生み出した「歴史」の本性。

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