『国籍と遺書、兄への手紙――ルーツを巡る旅の先に』(ヘウレーカ)

「在日」生きた証、確かめる道程

著者は十代で父親と異母兄を亡くしている。1年半の間に相次いで肉親を失った体験は、のちにフォトジャーナリストとして世界の紛争地を飛び回ることになる著者にとって根源的な体験だった。

十六歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアの貧困地域を訪れることになった著者は、パスポートを申請する必要で受け取った戸籍に「韓国籍」という記載をみつける。初めて知る父の、そして自分のルーツ。「なぜ父は出自を語らなかったのか」。帯にもあるこの問いは、必然的に著者を、そして読者を、在日コリアンの歴史へと連れて行くことになる。

異母兄が父の戸籍に入っていなかった、というエピソードにも胸を衝（つ）かれた。現在の国籍法では、子どもは両親の国籍をどちらも保持することができ、二二歳までに選択することになっているが、この「改正国籍法」が施行されたのは一九八五年、著者が生まれる二年前のこと。著者は母の国籍「日本」を選択することができたが、それ以前なら「父親の国籍」になるしかなかった。父は日本国籍を取得する意向もあり、日本の戸籍に「韓国籍」とあっても本国にはきちんとしたドキュメントがない。異母兄の出生時には、母親である日本人の戸籍の「未婚の子」として、「日本籍」を取得させるのが、子どもの未来を考えての苦渋の選択だっただろうことを、著者は理解する。異母兄の母の急逝によって、その後のプロセスは未了のまま、異母兄は書類上の「父」を持たずに生きた。

著者が父の「遺書」、自らに課す「学び」と位置付けるのは、父が語らなかったことの中に、歴史や時代や国境という大きなものに人生を翻弄される個人の、思いや愛や切実さがある事実を、汲み上げることなのだ。

著者の旅は京都のウトロや川崎の桜本、神戸の長田といった在日コリアンコミュニティーへ、そして最終的には韓国へと向かう。父や祖父の軌跡が明かされていくのにはミステリーを紐解くような高揚感があり、ボクサーだった祖父の足跡にたどり着くエピソードは圧巻だ。

在日コリアンの歴史は、明治以降の日本の植民地政策に直接つながるものであり、ことに、アジア・太平洋戦争と、日本の戦後処理、朝鮮半島の米ソによる南北分割統治と朝鮮戦争のひとつの結果として存在するコミュニティーの歴史だ。それなのに、日本の公教育や教科書で詳しく扱われることはない。本書でもしばしば言及される、一昔前よりもあきらかに強まってしまった排外主義の高まりも、歴史を学ばないことに一因があることは否めないだろう。その意味でも、本書を読む意義は大きい。

とはいえ、この本は、歴史教科書ではない。ルーツを探す旅の中で著者は、「名前を剥ぎ取られた」祖母ら、女たちの存在に出会う。そして「なかったことにされてきた名もない女性たちの生きた証を、後世に手渡していくこと」を決意する。あくまで、語られなかった言葉、聞かれなかったかぼそい声に耳を傾け、寄り添うことが自分の仕事だと意志を固める。

本書は一種の自叙伝である。そしてわたしたちは、ひとりの、信念のジャーナリストの誕生を見るのである。