微笑んで毒を盛る。女たちの殺人ファイル
2020年初頭、私たちはサンフランシスコのホテルで歴史的犯罪を取り上げるポッドキャスト「クリミナリア」のファーストシーズンを始めるための準備をしていました。このポッドキャストは、立ち上げまでにさまざまな変遷を経ていました。「ジュリア・トファーナという女性のことは知っている? それで番組になりそう?」という問いかけから、歴史上の毒殺犯の話をどう語るかについてのブレインストーミングが始まりました。最初はポッドキャスト全体をジュリア・トファーナの話にしようかとも思いました。しかし、続けていくにはそれではネタが足りないだろう、それこそワンシーズン持たないのではないかと気づきました。そこで、「女性毒殺犯のシーズンにしたらいいかもしれない」と考えたのです。ホテルの宿泊者専用ラウンジで毒殺犯のリストを調べていると、いくつかわかったことがありました。1つ目は、毒殺犯は数が多いこと。2つ目は、毒殺犯の女性が皆、初めから残酷で狡猾だったわけではないことです。毒殺女たちが生きた時代、場所、境遇を考えると、追い詰められて極端な行動に走った女性もたくさんいました。そして歴史上、残忍な毒殺犯として描かれてきた女性たちが結局はそのような行為に関与していなかった可能性もある、というケースもあったのです(ルクレツィア・ボルジアがその一例)。しかし、何よりもこれらの物語に登場する女性たちの多くが、現代において頻繁に歪められて描写されてきたことを痛感しました。深く掘り下げて調べていくうちに――ポッドキャストをスタートさせてからは特に――たえず彼女たちの人間性に目を向けようと努めるようになりました。
ティリー・クリメックは、「ラフ・オン・ラット」という殺鼠剤を使って複数の夫や隣人たち、子どもたち、さらには気に入らない犬までも無残に殺した女性です。間違いなく残虐な女性でした。更生させる方法などまったくありません。しかし、それでも彼女の裁判によって、刑事司法制度における偏見に光が当てられることになったのは確かです。
クリメックの裁判より前の数年間に他にも28人の女性たちが殺人罪で裁判にかけられました。そのうち24人は無罪になりました。ただし、クリメックと違い、伝統的な価値観で魅力的だとみなされた女性たちでした。クリメックは殺人の疑いをかけられただけでなく「美人ではないという罪」で、マスコミから袋叩きにされました。1923年に下された仮釈放の可能性のない終身刑は、当時のシカゴで女性に対して下されたものとしては最も厳しい刑でした。それでも陪審員の中には、刑が軽すぎる、死刑にすべきだったと考えた人さえいました。
同じく興味深いのは、「コネチカットのルクレツィア・ボルジア」とよく呼ばれたリディア・シャーマンのことです(「ルクレツィア・ボルジア」という名前が毒と非常に強く結びつけて考えられ、連続毒殺犯の代名詞のように使われるようになったのもまた興味深いことです)。シャーマンは妻であり母親でしたが、家族が困窮したことで毒殺に手を染めることとなってしまいました。彼女の話によれば、リディアの夫は職を失い鬱病に苦しんでいたため、それ以上自分が「役立たず」と呼ぶ状態を長引かせるよりも、自分の手で夫の苦しみを終わらせることを選んだといいます。そしてその後、義理の子どもたちも手にかけ、「不憫だったから殺した。父親がいなければ子どもは生きていけないと思ったから」などと語ったとされています。さらに、同じ手口をその後に結婚した夫と子どもたちにも繰り返し、そのたびにある程度の遺産を相続していました。しかし彼女曰く毒を使ったのはお金を得るためではなく、問題を解決するためでした。
最終的に彼女は、複数の夫を殺害したうちの1つの事件についてのみ裁判にかけられ、刑務所に収監されることになりました。現代の視点で見ると、当時の刑罰とシャーマンの精神状態とが釣り合っていたと言えないのは明らかです。同じような罪を犯し、それをすらすらと自白するような人は、現代では精神鑑定の対象になるでしょう。しかし、1870年代にはそうではありませんでした。精神疾患を持つ人の多くは、他人に危害を加えるようなことはあまりないものです。しかし、当時(そして現在も)、精神科の治療を必要としているのに刑務所に収監されて病状が悪化した人が、数えきれないほどいたのです。また、シャーマンの事件を全体として捉えれば、そもそも最初の夫がうつ病を発症したときに適切な治療を受けていれば、殺意を抱くことはなかったかもしれません。シャーマンの手によって奪われた命の悲劇は、人間の行動に対する理解がどの程度進んだかを考えるきっかけにもなっています。
誰もが毒殺者になる可能性がある
私たちのポッドキャストでは、誰もが悪事に手を染める可能性があることを十分に理解してお話ししています。歴史上、さまざまな人々によって多くの悪行や犯罪が行われてきました。ここに挙げてきた女性たち以外にも毒殺犯は大勢います。これは否定できません。人は毒殺犯のような人物の人生を要約するとき、「極悪人」とか「凶悪犯罪者」に分類してしまう傾向がありますが、実際はそれを超えた存在なのです。他人が脅威であるかどうかを判断することは人間の行動の一部であり、身の安全を確保するための本能的な反応でもあるからです。女性の毒殺犯を取り上げるポッドキャストのファーストシーズンの準備をしていたあのホテルでの話し合いのことを思い返すと、まさかこのシーズンを立ち上げたことで未知の旅に誘われ、取り上げた女性たちを単なる毒殺犯ではなく一人の人間として考えるようになるとは思ってもみませんでした。
だからこそ、本書のような本がとても重要なのです。すぐに分類し、ラベル付けをするような世の中に私たちは生きていますが、一人の人間をひとつの言葉やラベルで言い表すことはできません。即座に悪人だと思い込んでしまうような女性の毒殺犯たちをもっとよく分析し、人間性も見ることができれば、これから出会う大勢の人たちについてもっと広い視点で考えられるようになるでしょう。世界は、分類をするような場ではなく、生身の人間に満ちた、より豊かな場になるでしょう。
おまけとして、ヒ素中毒の兆候を見抜く方法も、ほぼ確実にわかるようになるでしょう。
[書き手]ホリー・フライ+マリア・トリマルキ(コンサルタント、ジャーナリスト)
ホリー・フレイとマリア・トリマルキは、歴史と実録犯罪の接点を探るポッドキャスト「Criminalia」の共同司会者である。ホリー・フレイは、ポッドキャスト「Stuff You Missed in History」、「Full of Sith」、「Drawn」「The Story of Animation」のホストでもある。ジョージア州在住。マリア・トリマルキはオレゴン州在住のライター。