読んで楽しい、眺めて楽しい妖怪図鑑
台湾では2010年代より台湾妖怪ブームがまきおこり、多くの妖怪本が出版されています。本書はなかでも台湾妖怪を知る入門書、初心者ガイドとしてのわかりやすさ、絵柄や文章の親しみやすさが特徴で、コアな妖怪ファンだけでなく、一般の読者にも手に取りやすい本となっています。本書は、台湾妖怪を「水」「山」「里」「原住民族に伝わる妖怪」に分類し、左のページにイラストと短い紹介、右のページに妖怪のエピソードとおまけコラムをのせた構成です。最初からじっくり読むのもよいですし、目次やイラストをみて、気になるところから読みはじめるのも楽しいと思います。
また、巻末には台湾の妖怪芸術や妖怪研究に関する筆者の考察をつづった章もあり、いずれも読みごたえがある内容となっています。
本書はもともと台湾の人むけに書かれたものなので、台湾の人ならよく知っている台湾の歴史や文化、地理の知識を前提にしたところもあります。ですが、そのような背景知識がない日本人でも、イラストや文章を手がかりに、それぞれの妖怪のエピソードが十分楽しめる内容です。また、台湾に行ったことのある読者や、台湾に関心のある読者であれば、さらにふかく楽しめる内容となっています。
作者の何敬堯氏は、2010年代からまきおこった台湾妖怪ブームを牽引した作家のひとりで、『妖怪台湾・妖鬼神遊卷』(2017年)、『妖怪台湾・怪譚奇夢卷』(2020年)、『妖怪台湾地図』(2019年)、『都市伝説事典:台湾百怪談』(2022年)などの代表作をはじめ、妖怪を題材とした小説など、数多くの著書があります。
何敬堯氏のこれまでの作品には、それぞれ独自のコンセプトがありました。たとえば初期の『妖怪台湾』シリーズは、日本統治時代以前の台湾妖怪について、文献資料とその解説を収録した書籍でした。また、『都市伝説事典:台湾百怪談』は、戦後から現代までの都市伝説をひろく紹介した本でした。そして、『妖怪台湾地図』は、タイトルから想像されるとおり、台湾の妖怪スポットを北から南にめぐる旅行記のような構成の本で、2022年に原書房より『台湾の妖怪伝説』として日本語訳も出版されています。
そして、何敬堯氏の最新作である本書『台湾の妖怪図鑑』は、筆者の膨大な研究成果をもとにしながら、内容を思いきって重要ポイントにしぼりこみ、ひとつの妖怪にひとつのイラストという図鑑形式で、「読みやすさ」と「親しみやすさ」が格段にアップした本です。
本書はパラパラとページをめくるだけでも楽しい図鑑ですが、簡潔な文章で、各妖怪の基本情報を手軽におさえることができます。
また、イラストはかわいいだけでなく、伝説の内容をふまえて作画されているので、本文を読んだあとにもう一回見てみると、細部にいろいろな発見があるかもしれません!
また、書中で紹介されている各種の伝説は、文中または脚注に根拠となる文献が記され、筆者がフィールドワークで集めた口承伝説は、本文中に具体的な地名などが記されています。本書を手がかりとして、台湾妖怪や民俗文化の研究をさらにすすめていくことも可能だと思います。
豊かな自然に囲まれ、さまざまな民族文化が入り交じり、自然の驚異や異文化の激しい衝突を経験してきた台湾では、妖怪たちの様相もバラエティ豊かで、それぞれにドラマティックです。この本が多くの方々の手にわたり、私たちのよき隣人たちの文化や心を理解するきっかけになることを、心より願っています。
[書き手]出雲阿里(翻訳者)