書評
『道徳を競う帝国: マイノリティの権利はどこからきたのか』(NHK出版)
分断、ポピュリズム、正義装う政治
カーター大統領は人権を、オバマ大統領は人類の理想を説いた。それをなぜトランプ大統領はひっくり返すのか。政治は道徳的に正しくありたい。だから≪脱植民地化≫は帝国を悩ませる。国際政治の深層を描く快著だ。≪帝国≫とは何か。国民国家の枠を越え植民地を支配、周囲の国々に影響を与える国家のこと。英独仏露もアメリカも、日本も帝国だった。富国強兵で戦争を繰り返し、罪禍を重ねた。第二次世界大戦の終結まで、帝国の時代が数世紀続いた。
戦後、植民地が順次独立した。国連は第三世界の国だらけ。この≪脱植民地化≫の流れが先進国の政治に影響を及ぼす。
アメリカは奴隷制以来の人種差別をソ連や第三世界に非難されていた。公民権運動を機に差別撤廃に踏み切ったのはそのせいだ。これを引き金にほかの少数民族や女性、性的マイノリティの権利も、徐々に拡大していく。
民主党、共和党は元は似た政党だった。黒人の権利拡大に南部の白人が背を向けた。民主党はマイノリティの権利保護に軸足を移しリベラル化した。対する共和党は南部の福音派と結んで保守化した。分断の構図が定着した。
ヨーロッパのポピュリズムは移民の増加が背景だ。既成政党の外側で、移民は帰れ!みたいな暴言を吐く候補が票を集める。≪脱植民地化≫=移民増への反動である。
日本政治はなぜ右傾化したか。敗戦で帝国が崩壊し、日本に残った外地の人びとは国籍を奪われた。「在日」だ。植民地は独立したが、日本に対し帝国の責任を追及する余裕がなかった。追及が始まったのは80年代以降のこと。アメリカやヨーロッパに比べるとタイミングが遅れている。
戦後政治は、憲法改正と日米安保条約が焦点だった。自民党は安保や経済発展を重視し日米関係を基軸にすえる。それは対米従属だと野党が攻撃する。自民党の現実路線が支持され長期政権が続いた。韓国経済が回復し中国の改革開放が成功すると、慰安婦や南京大虐殺の非難が始まった。謝罪する日本側に鬱屈が蓄積した。
こうした非難も≪脱植民地化≫の一環で、世界とシンクロしている。自民党は反撥(はんぱつ)し右旋回した。「美しい日本」を掲げ、日本会議を結成し、集団的自衛権を容認した。野党は支持基盤を労働者から福祉や地域や弱者に移し、四分五裂した。アイデンティティの政治がたどりがちな道だ。
本書は多くの研究書を参照し、主要各国の政治を数世紀前から現在まで概観して、揺らぐ世界の大きな図柄を描き出す。アーレントの『全体主義の起原』を思わせる。アーレントはナチスの全体主義の起源を、ユダヤ人嫌悪、フランスの人種主義、南アの人種隔離、共産主義の脅威など、反ユダヤ主義の流れの全過程として辿(たど)ってみせた。
こうして見ると、在日差別や在特会、安倍政権の右傾化も、同時代の歴史的文脈に置き直して理解できる。政治は票を集めるため、道徳的に優位だと装う。その舞台裏を知ると、多くのことが見えてくる。本書ではあまり触れられなかったロシアや中国やインドやイスラムやアフリカや…が同様なやり方でカバーされれば、議論は完璧になろう。
ランニングホームランをかっ飛ばした前田健太郎氏に、もう一本をと期待したくなる一冊である。
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