コラム

英雄について考える――李志綏『毛沢東の私生活(上・下)』文藝春秋 ほか

  • 2017/12/18
日本は、国際社会において新しい責任と役割を果たすことが求められているが、必ずしもその期待に応えてはいない。その一つの原因は、リーダーの不在にある。コトを運ぶにあたって、米国が徹底したトップダウン型であるのに対して、日本はもともと現場主導のボトムアップ型である。したがって、これまで強烈なリーダーシップを必要としてこなかった。あるいは英雄を求めなかったといっていい。しかし、この先行き不透明な時代において、時代を引っ張るニューリーダーが求められているとはいえないだろうか。

現代のリーダーを求めるにあたり、内外かつ各分野のリーダー、英雄について書かれた本にあたってみるのも一興だろう。 時代はヒトを作るといわれているが、時代を画するリーダーには強烈な個性とカリスマ性が漂っている。とりわけ、それは政治家についていえるだろう。

その意味で、毛沢東はケタはずれの個性と強烈なカリスマ性を備えていた。毛沢東の主治医の李志綏『毛況東の私生活(上・下)』(文藝春秋、各2000円)は、その素顔を暴露的に描いている。毛沢東は歯を磨かず、風呂にも入らなかった。英雄色を好むの通りに晩年における若い女性に対するあくことなき漁色、そして猜疑心はとどまるところを知らず、「ついには文化大革命に到達するのである」という。

毛沢東の私生活〈上〉  / 李 志綏
毛沢東の私生活〈上〉
  • 著者:李 志綏
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:文庫(532ページ)
  • ISBN:416730970X
内容紹介:
「もし私が殺されてもこの本は生きつづける」の言語を残し、著者は本書が発売された3カ月後、シカゴの自宅浴室で遺体となって発見された。また北京政府は「事実無根の書」として、事実上発禁扱いにした。が、地下では密かに熱心に読まれている、と言われている。現代中国史はこの本の刊行で、見直されなければならないだろう。

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1958年に四川省の成都の郊外に滞在したとき、「プールに毒が入っているのじゃないかと思う」といって、水泳好きにもかかわらず、とうとう入らなかった。また、ソ連のフルシチョフ首相が泳ぎの心得がないのを知っていて、〝水中会談〟に誘ったりもした。さらに毛沢東は自分の許しなしに党幹部がいかなる手術も行ってはならないという不文律を作っていた。「昔からの医学的偏見からあらたまっていなかったのである」というが、ガンにかかった周恩来はついに手術が許されなかったと記している。

個性といえば、毛沢東のスケールにはかなわないが、日本でも個性豊かな政治家が、つい昨日までいた。その一人がロッキード事件に連座した田中角栄だ。角栄の元金庫番の佐藤昭子『私の田中角栄日記』(新潮社、1400円)は、昭和47年7月の自民党総裁選挙前日、「お前と二人三脚でとうとうここまで来たな」という角栄の言葉ではじまっている。田中はあるとき著者に対して、「お前はいいよ、女王なんだからな。俺なんか闇将軍だぞ。誰も帝王とはいってくれない」とこぼしたという。田中の波潤万丈の生きざまと人間的なエピソードがふんだんに語られているが、毛沢東が脂のこってりした中華料理とすれば、田中角栄はお茶漬けの味か。

決定版 私の田中角栄日記  / 佐藤 昭子
決定版 私の田中角栄日記
  • 著者:佐藤 昭子
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(276ページ)
  • 発売日:2001-02-28
  • ISBN:410148631X
内容紹介:
17歳の冬、郷里の柏崎で田中角栄に出会い、偶然の再会を経て秘書になった著者。以後、彼女は越山会など政治団体の統括責任者として三十余年にわたって田中を支え続け、行動的で人情厚く絶大な人気を誇った元首相の栄光と挫折を、目の当たりにした。死後7年を経てなお、その評価が論議される「平民宰相」の素顔に迫った鎮魂の回想録。単行本に大幅な加筆を施した、決定版の角栄評伝。

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日本にはもう一人〝妖怪〟と呼ばれた政治家がいる。戦前、革新官僚として満州国の産業開発をまとめ、東条内閣の商工大臣をつとめ、そして戦後にA級戦犯になりながら総理大臣になった岸信介だ。原杉久『岸 信介』(岩波新書、620円)は、岸の生涯と時代とをクロスさせながら、未公開資料などを駆使して描いている。たとえば、1960年6月19日午前0時の安保条約が自然承認された日、首相官邸は30万人の群衆に取り巻かれたが、そのときの模様について、「相変わらず打ち続くデモ隊の勢いを恐れるかのように、一人去りまた一人去り、ついには実弟佐藤栄作のみが岸とともにあった。首相官邸の警備に自信がないという小倉謙警視総監の警告を無視して『死ぬなら首相官邸で』というのが岸の心境であった」と記している。

岸信介―権勢の政治家 / 原 彬久
岸信介―権勢の政治家
  • 著者:原 彬久
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:新書(249ページ)
  • 発売日:1995-01-20
  • ISBN:4004303680
内容紹介:
戦前、革新官僚として満州国の産業開発を主導、東条内閣の商工大臣を務めた岸信介は、A級戦犯容疑者とされながら政界復帰を果たし、首相の座に就いて安保改定を強行、退陣後も改憲をめざして隠然たる力をふるった。その九○年の生涯と時代との交錯を生前の長時間インタビュー、未公開の巣鴨獄中日記や米側資料を駆使して見事に描く。

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米国大統領の素顔と高官たちが織りなす人間模様を描いているのは、ボブ・ウッドワード『大統領執務室』(文藝春秋、2500円)である。クリントンは自分の役割について、「船長に似ている」と答えているが、与党民主党実力者たちによって、彼の思いが骨抜きにされていく政治の内幕が詳細に描写されている。これを読むかぎり、クリントンがグレートな大統領だとは思えない。リーダーは世界的に小ツブになったということだろうか。

大統領執務室―裸のクリントン政権 / ボブ ウッドワード
大統領執務室―裸のクリントン政権
  • 著者:ボブ ウッドワード
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:単行本(470ページ)
  • ISBN:4163494707

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正力松太郎の実像に迫った、佐野眞一『巨怪伝 正力松太郎と影武者たちの一世紀』(文藝春秋、1500円)は、正力の傑出したプロデューサーぶりと同時にその猛烈なエネルギーを描いている。「惑星状に形成された〝影武者〟人脈の中心には、人を動かさずにはおれない正力の強大なエネルギーが理まっている。正力の事業はどれも、〝影武者〟たちをまきこんでなしとげた、核融合ともいうべき爆発的エネルギー反応がもたらしたものであった」と指摘している。プロ野球の天覧試合や街頭テレビなどに代表される興行が彼の有能な影武者によって発案され、実現されたことを綴っている。プロ野球、民法の始祖といわれる正力の実像に迫るノンフィクションだ。

巨怪伝〈上〉―正力松太郎と影武者たちの一世紀  / 佐野 眞一
巨怪伝〈上〉―正力松太郎と影武者たちの一世紀
  • 著者:佐野 眞一
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:文庫(550ページ)
  • ISBN:4167340038
内容紹介:
九回裏、背番号3・長嶋の放ったサヨナラホームラン-昭和三十四年、昭和天皇を迎えた"天覧試合"の劇的な幕切れは、その時天皇の背後に座っていた一人の老人にとって過去の恥辱を雪ぐことを意味した。その男・正力松太郎。読売新聞、日本テレビ、巨人軍の上に君臨し、大衆の欲望を吸いつくした男を描く大河ノンフィクションの傑作。

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斎藤貴男『タやけを見ていた男 評伝梶原一騎』 (新潮社、1800円)は、『巨人の星』や『あしたのジョー』などを生み出した梶原一騎の生涯を描いている。漫画の英雄たちが生まれてくる原点を知ることができる。

梶原一騎伝 夕やけを見ていた男  / 斎藤 貴男
梶原一騎伝 夕やけを見ていた男
  • 著者:斎藤 貴男
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:文庫(505ページ)
  • 発売日:2005-08-03
  • ISBN:416744304X
内容紹介:
『巨人の星』『あしたのジョー』『夕やけ番長』『愛と誠』など、中高年世代が若い頃に心を熱くした名作は、いずれも梶原一騎の原作である。しかし、彼の人生にはダーティーな影が付きまとい、事件・スキャンダルも絶えなかった。スポーツ劇画ブームを巻き起こした天才漫画原作者の実像を深く求め、鋭く迫った名著。

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初出メディア

小説すばる

小説すばる 1995年4月

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