書評

『岸信介―権勢の政治家』(岩波書店)

  • 2017/10/12
岸信介―権勢の政治家 / 原 彬久
岸信介―権勢の政治家
  • 著者:原 彬久
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:新書(249ページ)
  • 発売日:1995-01-20
  • ISBN-10:4004303680
  • ISBN-13:978-4004303688
内容紹介:
戦前、革新官僚として満州国の産業開発を主導、東条内閣の商工大臣を務めた岸信介は、A級戦犯容疑者とされながら政界復帰を果たし、首相の座に就いて安保改定を強行、退陣後も改憲をめざして隠然たる力をふるった。その九○年の生涯と時代との交錯を生前の長時間インタビュー、未公開の巣鴨獄中日記や米側資料を駆使して見事に描く。

複層的・多面的な国家主義

権力を真正面から見すえ、政治の本質を理念に裏打ちされた力の行使とみなす時、岸信介という政治家の昭和史において果たした役割が、急速に蘇ってくる。岸本人への長時間にわたるインタヴューが息づいている本書は、なかなかに刺激的だ。著者は思い切って岸の内懐に飛びこみ、その軌跡を彼の論理にわけいって理解しようと努める。

とにかく岸は何でも早く無駄がない。少年時に維新の志士たちの魂を曾祖父信寛を通じて追体験し、山口中学時代に松陰の国家思想を刻みこんだ岸は、すでにして政治家への志望を固める。しかも東大に入ってからの岸の思想の確立たるや、我妻栄と首席をわけあうほどの頭の良さを反映してか、きわめて早い。上杉慎吉の国粋主義、北一輝の帝国主義的社会主義、大川周明のアジア主義、これらをあっという間に自家薬籠中のものとしていく。

著者は、ここで岸の国家主義を「複層的かつ多面的」と表現しているが、実はこの言葉こそ、これ以後の岸の全人生の節目節目を語る際の著者のキーワードとなるのだ。満州における人脈と金脈の形成のきわどさしかり。小林一三商工相・東条首相・吉田首相への反権力的行動にみる「権力の論理を完全に呑み込んだうえでの反権力」しかり。さらに翼賛選挙への立候補から後の社会党人脈まで含んだ岸新党の結成など、岸の行動は「直線的でありながら曲折し、曲折しながら多重層化するという、きわめて複雑な構造」をもつと著者は考察する。それはまた、大正末に芽生え戦犯として増幅された反米感情を抑制しきって、日米安保改定へ遇進していく岸の姿によく現れている。

岸の獄中日記に現れる心の揺れを示す赤裸々な表現すら、逆に岸の強固な自己抑制に基づく権力意思の発露と読めるのだ。日記にはき出すことによって、岸は政治家としての理性を回復したのであろう。その意味で、岸の息子の嫁仲子の発言「最初の出会いから、亡くなるベッドの上でさえもつねに”網越し”の義父でした」は、まことに言いえて妙である。

【この書評が収録されている書籍】
本に映る時代 / 御厨 貴
本に映る時代
  • 著者:御厨 貴
  • 出版社:読売新聞社
  • 装丁:単行本(305ページ)
  • ISBN-10:4643970472
  • ISBN-13:978-4643970470
内容紹介:
『吉田茂書翰』から『ゴーマニズム宣言』まで「日本」を知り、「自分自身」を知る140冊。気鋭の政治学者が放つ渾身の社会時評&読書ガイド。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

岸信介―権勢の政治家 / 原 彬久
岸信介―権勢の政治家
  • 著者:原 彬久
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:新書(249ページ)
  • 発売日:1995-01-20
  • ISBN-10:4004303680
  • ISBN-13:978-4004303688
内容紹介:
戦前、革新官僚として満州国の産業開発を主導、東条内閣の商工大臣を務めた岸信介は、A級戦犯容疑者とされながら政界復帰を果たし、首相の座に就いて安保改定を強行、退陣後も改憲をめざして隠然たる力をふるった。その九○年の生涯と時代との交錯を生前の長時間インタビュー、未公開の巣鴨獄中日記や米側資料を駆使して見事に描く。

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初出メディア

読売新聞

読売新聞 1995年2月27日

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