書評

飛鳥井雅道『明治大帝』(文藝春秋)、石井寛治『大系 日本の歴史〈12〉開国と維新』(小学館)

  • 2018/08/09
一つの時代が終わった、とよく聞く。だが昭和は恐ろしく亀裂しており、一つの時代にくくれるのであろうか。戦前の二十年、戦後の四十余年をいっしょくたにしようというのが、土台、無理な話に思える。だから昭和の終焉といっても実感はわかない(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は1989年)。

しかし、これが明治の場合はどうであろうか。維新を経験して近代国家を形成し、二度の戦争を経た明治四十五年(一九一二)に、明治天皇がなくなった。この時の衝撃は、乃木大将の殉死、夏目漱石の「こころ」等、様々な形であらわれた。

それはとりもなおさず、国家形成と時代精神とが明治天皇と結びつけられて、多くの人々に受けとめられていたからであろう。その付近を切り口にして、明治天皇の生涯を跡づけたのが飛鳥井雅道の「明治大帝」である。

「大帝」とはちょっぴり気になることば。著者は「近代史のなかで、いや日本史のなかで、この天皇以外に大帝はいないからである」とみなして、その大帝たる足跡を、明治国家形成史とともにみてゆく。攘夷にこりかたまった孝明天皇が「暗殺」されて、「幼沖(ようちゅう)の天子」として即位した明治天皇が、宗教的な天子から権力・権威の両面を備えた「大帝」へといかに転進していったかを探る。

極めて読みやすく、幾つかのエピソードを上手に絡めて、小冊にもかかわらず、明治天皇の存在や性格を浮き彫りにしている。「天皇制批判が本来のわたしの目標であったし、今もそれは変らない」と述べつつも、一方的に明治天皇を裁断するのではなく、天皇の成長を見守り、それとつきあいながら分析しているので、明治天皇の個の性格がまことによく伝わってくる。

その反面、「大帝」としての側面となると今一つという感がしないでもない。著者の指摘する天皇の権力の側面、つまり明治憲法体制と天皇、欧米やアジアとの国際関係における天皇、といった部分のつっこんだ言及がないためか、どうにも大帝ということばが宙に浮いてしまっているようだ。そのことと関係してであろう。興味深い指摘は、大帝以前、「幼沖の天子」の時期のものに多い。

たとえば維新の王政復古は、朝廷の解体をともなったが、その理念を神武天皇にまでさかのぼらせて求めたので、中世・近世の慣習・制約から自由になり、摂政・関白・大納言等も全廃する理論的根拠が提供されたとの指摘。

あるいはまた廃藩置県の政治改革に連動して、宮廷改革がなされ、女官の総免職に及んだが、これは幕藩制秩序と結びついていた公家の特権の否定がそれまでになされていたからであり、ここに天皇周辺は士族の侍従に固められ、天皇は武家化への道を進んだという。その他、卓抜な知見に富んでいる。

明治大帝 / 飛鳥井 雅道
明治大帝
  • 著者:飛鳥井 雅道
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:文庫(348ページ)
  • 発売日:2017-12-05
  • ISBN:416813072X
内容紹介:
近代の発展と一体に、虚実ない交ぜに語られる「大帝」天皇睦仁。激動の時代、東洋の小国を一等国へと導いた専制君主の真の姿に迫る。

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「明治大帝」が明治天皇の個にそくして維新史をみたのに対し、石井寛治「開国と維新」は、政治と経済の両側面から維新史をがっちり捉えようとする。なかでも最初の章のタイトルが「世界市場と維新変革」とあることからもわかるように、経済に焦点をあてる。

現代の日本人の多くが感ずるのは、何よりも政治の後進性と、経済の繁栄であろう。この二つの分裂を著者は維新変革においてもみつめる。

すなわち政治的には、維新変革の生んだ近代天皇制国家が国民主権の原理を窮極的には否定する専制権力でしかなかったのに対し、経済的には、維新変革はともかくも産業革命のスタートを切るところまで近代化を推し進めたという風に。

こうしたしっかりした視角からみているので、維新史が大変わかりやすい。ことに経済的視点からの列強の動向や、雄藩と幕府・朝廷の動きがきわめて鮮明に描かれている。 黒船のペリーの背景には、アメリカのニュー=イングランドの商工業、造船業者がおり、イギリスの初代駐日公使オールコックの背後には、マンチェスターの産業ブルジョアジー等の利害があったことなど、適確な指摘も多い。

また幕府に接近するフランス公使のロッシュと薩摩藩に肩入れをするイギリスの公使パークスらの、外交活動と日本の権益へのくいこみ、および外交への無知と国内の争いから、知らず知らずに不平等条約を押しつけられ、利権を与えてゆく、諸藩や幕府の姿。そうした対外的危機にもかかわらず、混乱を続ける政治諸勢力の動きが、具体的に描かれている。

従来の様々な維新史研究の論点を消化しながら、しかもそれを経済の視点からもう一度捉え直しているので、一味違った新鮮な維新史となっている。

たとえば雄藩の財政改革による地方の時代が維新期に訪れていたことを、明治七年の府県別工産物比率で示してみたのはその一例であろう。さらに、やがて中央集権化によって地方の時代が終わりを告げてゆくのを、福井藩の明新館の動向で眺めてゆく。いろいろな素材がうまく生かされている。

だが、政治と経済という枠組みだけだと、どうしても紋切り型の解釈にならざるをえない。経済の「開国」、政治の「維新」という、価値判断が働けば、そこに政治は遅れているとの評価以上のものは出てこないのではないか。

それもたぶん間違いないことではあろうが、そのために維新変革を貫く強力な政治の潮流がどうしても不鮮明とならざるをえない。題からいっても「大久保内務卿の独裁」「ブルジョアジーの誕生」の章はそれを補うものと期待したのだが、むしろそれは明治憲法体制と産業革命の前史として位置づけられており、やや肩すかしをくらう。

そこで思うに政治と経済、そのうえに天皇というもう一つの項を意識的に立ててみたらどうであったろうか。もちろん本書も天皇には多く触れているが、それは近代天皇制国家につながる、政治の延長上での天皇である。天皇と政治との交わりとともに、天皇と経済との絡みをも視野にいれる必要を感じた。後年に成長してくる天皇制の経済心理にまで踏みこんでいったなら、さらにもう一つ違った維新史が切り開かれてくるのではなかろうか。

実はこのことは二つの著書を読みながら考えた思いつきに過ぎない。だが単なる思いつきとはいえ、そうしたことをいろいろ考えさせ、知的刺激を与えてくれたのが両書であった。

明治を背景におけば、いまがよくみえてくる、というのが両書を読んでの実感である。

大系 日本の歴史〈12〉開国と維新 / 石井 寛治
大系 日本の歴史〈12〉開国と維新
  • 著者:石井 寛治
  • 出版社:小学館
  • 装丁:新書(441ページ)
  • ISBN:409461012X
内容紹介:
外圧下での開国を可能にした維新の英傑と豪商農の底力。黒船来航による横浜開港。攘夷激化の中で貿易が始まった。文明開化を支えた薩長の官僚と初期ブルジョアジーの活躍を描く。

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初出メディア

週刊朝日

週刊朝日 1989年3月17日

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