コラム

鴻巣友季子「2018 この3冊」|奥泉光『雪の階』(中央公論新社)、橋本治『草薙の剣』(新潮社)、ダニエル・ヘラー=ローゼン『エコラリアス』(みすず書房)

  • 2018/12/18

2018 この3冊

(1)『雪の階(きざはし)』奥泉光著(中央公論新社)

(2)『草薙の剣』橋本治著(新潮社)

(3)『エコラリアス』ダニエル・ヘラー=ローゼン著 関口涼子訳(みすず書房)


(1)、最高度に洗練された日本語小説文体のあり方が提示された。採択された「三人称複合多元視点文体」では、ときには助詞ひとつで視点が切り替わり、語り手から作中人物へ、さらには幾人もの間を「目」が行き来するスリルがある。まさに「風を孕(はら)んで滑走する雪の結晶」のような小説。

(2)、“ナショナリズムから遁走(とんそう)するエピック”であり、その形容矛盾的な手法のみごとな到達点。語り手はだれか一人をもり立てたり、がんばってきた日本を褒めたりせず、英雄を讃(たた)えるという叙事物語の本分から限りなく遠ざかる。それは、語りの独裁に陥ることを避ける手段でもあるのだろう。

(3)、諸言語の「死」への不安に対して、そもそも言語は本当に死ぬのか?と問う。人間はつねに忘れ、変わることで、創造する動物でもあるという寓話(ぐうわ)。目眩(めまい)がするほど豊潤な知に彩られた言語哲学の宇宙。

雪の階 / 奥泉 光
雪の階
  • 著者:奥泉 光
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:単行本(587ページ)
  • 発売日:2018-02-07
  • ISBN-10:4120050467
  • ISBN-13:978-4120050466
内容紹介:
昭和十年、秋。笹宮惟重伯爵を父に持ち、女子学習院高等科に通う惟佐子は、親友・宇田川寿子の心中事件に疑問を抱く。冨士の樹海で陸軍士官・久慈とともに遺体となって発見されたのだが、「で… もっと読む
昭和十年、秋。笹宮惟重伯爵を父に持ち、女子学習院高等科に通う惟佐子は、親友・宇田川寿子の心中事件に疑問を抱く。冨士の樹海で陸軍士官・久慈とともに遺体となって発見されたのだが、「できるだけはやく電話をしますね」という寿子の手による仙台消印の葉書が届いたのだ――。

富士で発見された寿子が、なぜ、仙台から葉書を出せたのか? この心中事件の謎を軸に、ドイツ人ピアニスト、探偵役を務める惟佐子の「おあいてさん」だった女カメラマンと新聞記者、軍人である惟佐子の兄・惟秀ら多彩な人物が登場し、物語のラスト、二・二六事件へと繋がっていく――。

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草薙の剣 / 橋本 治
草薙の剣
  • 著者:橋本 治
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(347ページ)
  • 発売日:2018-03-30
  • ISBN-10:4104061158
  • ISBN-13:978-4104061150
内容紹介:
世代の異なる6人の男たちと彼らの祖父母まで遡るそれぞれの人生を辿り、日本人の心の百年史を描く、作家デビュー40周年記念作品。

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エコラリアス / ダニエル・ヘラー=ローゼン
エコラリアス
  • 著者:ダニエル・ヘラー=ローゼン
  • 翻訳:関口 涼子
  • 出版社:みすず書房
  • 装丁:単行本(336ページ)
  • 発売日:2018-06-09
  • ISBN-10:462208709X
  • ISBN-13:978-4622087090
内容紹介:
子どもが言葉を覚える時に赤ちゃん語を忘れるように、忘却は創造の源である。流離こそが言語の本質だと明かす、言語哲学の最重要書。

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毎日新聞

毎日新聞 2018年12月9日

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