コラム
鴻巣友季子「2018 この3冊」|奥泉光『雪の階』(中央公論新社)、橋本治『草薙の剣』(新潮社)、ダニエル・ヘラー=ローゼン『エコラリアス』(みすず書房)
2018 この3冊
(1)『雪の階(きざはし)』奥泉光著(中央公論新社)
(2)『草薙の剣』橋本治著(新潮社)
(3)『エコラリアス』ダニエル・ヘラー=ローゼン著 関口涼子訳(みすず書房)
(1)、最高度に洗練された日本語小説文体のあり方が提示された。採択された「三人称複合多元視点文体」では、ときには助詞ひとつで視点が切り替わり、語り手から作中人物へ、さらには幾人もの間を「目」が行き来するスリルがある。まさに「風を孕(はら)んで滑走する雪の結晶」のような小説。
(2)、“ナショナリズムから遁走(とんそう)するエピック”であり、その形容矛盾的な手法のみごとな到達点。語り手はだれか一人をもり立てたり、がんばってきた日本を褒めたりせず、英雄を讃(たた)えるという叙事物語の本分から限りなく遠ざかる。それは、語りの独裁に陥ることを避ける手段でもあるのだろう。
(3)、諸言語の「死」への不安に対して、そもそも言語は本当に死ぬのか?と問う。人間はつねに忘れ、変わることで、創造する動物でもあるという寓話(ぐうわ)。目眩(めまい)がするほど豊潤な知に彩られた言語哲学の宇宙。