読書日記

更科 功『進化論はいかに進化したか』(新潮社)、吉本 隆明『吉本隆明全集 10 1965-1971』(晶文社)

  • 2019/07/11

進化論の進化と吉本隆明

×月×日

大学もいよいよ来年三月で定年退職。その昔、大学院の面接試験で主任の山田爵(じゃく・本来は木冠)先生から「君はあまり教員に向いてなさそうだが、大丈夫かい?」と指摘されたが、まさに図星だった。その「向いていない」教員生活を四十二年も続けてこれたのだから、我ながら「意外に辛抱強い」と思う。しかし、その我慢もあと半年で終わり。いまはひたすら定年退職の日を指折り数えるのみ。教える身分を離れたら、今度は教えられる身分になりたいものだ。なかでも学生になってゼロから勉強したいと思うのが進化論。

更科功『進化論はいかに進化したか』(新潮選書 一三〇〇円+税)はダーウィン進化論再学習に最適の一冊。まず著者が注意を促すのは「ダーウィンの進化論と『種の起源』の内容は、必ずしもイコールではない」ということ。ダーウィンは若き日には生物は神が創り、神の設定した法則(つまり自然選択)にしたがって進化したと信じ、『種の起源』も初版はむしろ神学的な著作だった。しかし、最終版のころには自然選択は自然現象とする科学的な姿勢に変わっていた。また、『種の起源』では、今日では誤りとされる獲得形質遺伝説が唱えられていた。

では、『種の起源』の主張とはそもそもどういうものだったのか? それは「(1)多くの証拠を挙げて、生物が進化することを示したこと。(2)進化のメカニズムとして自然選択を提唱したこと。(3)進化のプロセスとして分岐進化を提唱したこと」の三点に要約される。このうち「進化論を進化」させたのは(2)の自然選択説である。

では自然選択とはどのように定義されるのか? 「(1)同種の個体間に遺伝的変異(子に遺伝する変異)がある。(2)生物は過剰繁殖をする(実際に生殖年齢まで生きる個体数より多くの子を産む)。(3)生殖年齢までより多く生き残った子がもつ変異が、より多く残る」。現在の進化論では自然選択には大きく安定化選択(平均的な形質の個体が有利)と方向性選択(極端な形質の個体が有利)の二つがあるとされるが、ダーウィンは基本的に後者の方向性選択を採用していた。これに対して安定化選択(つまり種は変化しない)の立場からの反論があり、ダーウィンも後期にはこれを考慮に入れて『種の起源』に変更を加えた。ダーウィンの進化論を誤解させたのは、むしろスペンサーやウォレスなどのダーウィン支持者たちの言動だった。特に問題なのは、進化(descent with modific ation)に進歩(evolution)のニュアンスを付け加えたスペンサーである。ダーウィンのいう「進化」とは遺伝する形質が変化することに過ぎず、良くなるという意味ではない。またダーウィンの協力者だったウォレスは『ダーウィニズム』という著作で自然選択一本槍の適応万能主義を唱えたが、ダーウィンは自然選択以外の要因もありうるとしていた。現代の進化生物学はダーウィニズムではなくダーウィンの考えに近い。

しからば、現代の進化生物学はどのようにダーウィン進化論から進化してきたのか?

ダーウィン進化論の泣き所は大きな変異が起こっても、その変異は世代ごとに薄まるのではないかという疑問に答えられなかったことだった。しかし、この弱点は、一定の条件のもとでは対立遺伝子の頻度も遺伝子型の頻度も変わらないこと(生物は進化しないということ)を証明するハーディ・ヴァインベルク平衡という定理によって、逆のかたちで克服されることになる。つまり、ハーディ・ヴァインベルク平衡を成り立たせている四つの条件「(1)集団の大きさが無限大であること。(2)対立遺伝子の間に生存率や繁殖率の差がないこと。(3)集団に個体の移入や移出がないこと。(4)突然変異が起こらないこと」の一つでも欠けていると平衡は成立しないのである。すなわち四条件を破るようなメカニズムがあれば、そのまま進化のメカニズムになるということなのだ。

このうち著者が力を込めて説明するのが「(1)集団の大きさが無限大であること」を破る要因としての遺伝的浮動である。では遺伝的浮動とはなんなのか?

たとえば、男女どちらの性染色体が子供に伝わるかは偶然の結果であるが、こうした偶然的要因を遺伝的浮動という。この偶然的要因は集団の個体数が少ないほど強く働くが、集団が大きくなるにつれて効果は弱まり、無限大になれば影響はゼロになる。しかし無限大というのはありえないから、遺伝的浮動によって集団の遺伝子頻度は大なり小なり変化する。つまり、これによっても進化が起きるのだ。すなわち、集団が大きければ自然選択のうち安定化選択が働いて進化は弱まるが、集団が小さければ遺伝的浮動という偶然の効果が働き、進化は方向性選択となる。「ずっと方向性選択だけが働いているのなら、進化は漸進的になる。しかし、方向性選択と安定化選択が両方とも働いているのなら(たぶん実際はこちらだ)、進化は断続的になる」。これがグールドなどが唱える断続平衡説で、この考えならダーウィンの漸進的進化にも矛盾しないのである。

第一部の理論編ではこのように進化論の進化が考察されるが、第二部は個々の生物を取り上げた各論。なかでも興味深いのは「なぜ直立二足歩行が進化したか」である。

人類がチンパンジーと大きく違うのは直立二足歩行と小さな犬歯である。しかし、直立二足歩行には走るのが遅く、捕食獣に食べられるという致命的欠点がある。ではなぜ自然選択されたのか? ヒントとなるのが犬歯の縮小である。チンパンジーでは発情期に数少ないメスを多くのオスが奪い合うバトルが繰り広げられ、犬歯が使われる。ヒトにおける犬歯の縮小はメスの発情期がなくなり恒常的に性交可能になったため集団が平和的になったことを意味する。これにより直立二足歩行のため両手で食料を運べるという利点が拡大したのだ。「その子供は、食物を運んできてもらえない子供よりも生き残る確率が高くなり、子(最初のオスからみれば孫)を残す確率も高くなる」。なるほど、これは納得のいく仮説である。語り口が絶妙で、だれが読んでもおもしろい進化論講義。

進化論はいかに進化したか / 更科 功
進化論はいかに進化したか
  • 著者:更科 功
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(251ページ)
  • 発売日:2019-01-25
  • ISBN:4106038366
内容紹介:
『種の起源』から160年。自然選択を柱としたダーウィンの説の何が今も正しく、どこが発展したのか。様々に進化した進化論の現在。

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×月×日

「集団の中における一夫一妻制の確立プラス直立二足歩行」がヒトをつくったという更科説で連想したのは吉本隆明が『共同幻想論』でエンゲルスの原始集団婚を全否定して打ち出した対幻想(家族)論である。「すべての《性的》な行為が《対なる幻想》を生みだしたとき、はじめて人間は《性》としての人間という範疇をもつようになった。《対なる幻想》が生みだされたことは、人間の《性》を、社会の共同性と個人性のはざまに投げだす作用をおよぼした。そのために人間は《性》としては男か女であるのに、夫婦とか、親子とか、兄弟姉妹とか、親族とか呼ばれる系列のなかにおかれることとなった。いいかえれば《家族》が生みだされたのである」(『吉本隆明全集 10 1965-1971』晶文社 六三〇〇円+税)。吉本が詩人の直観で捉えた人類の起源は進化論的にも正しかったのである。

それはさておき、引用した晶文社版『吉本隆明全集』は「吉本はもういいよ。昔読んだから」という往年の吉本ファンにも、吉本は手も足も出なかったという苦手派にもお勧めである。編年体のよさで『言語にとって美とはなにか』『共同幻想論』『心的現象論』といった難解極まる代表作を自己解説するような講演やエッセイが収録されているからだ。さるPR誌で吉本再読を試みている私がそう感じるのだから、まちがいない。ちなみに、この全集のもう一つの楽しみは月報に連載されている長女で漫画家のハルノ宵子さんの回想。これがなんとも素晴らしい名文なのである。配本のたびに感心することしきりである。

吉本隆明全集〈10〉 1965-1971 / 吉本 隆明
吉本隆明全集〈10〉 1965-1971
  • 著者:吉本 隆明
  • 出版社:晶文社
  • 装丁:単行本(576ページ)
  • 発売日:2015-09-19
  • ISBN:4794971109
内容紹介:
『言語にとって美とはなにか』から分岐派生した二つの原理的な考察『心的現象論序説』『共同幻想論』と、同時期に併行して書かれた高村光太郎論を収録する。月報は芹沢俊介氏・ハルノ宵子氏が執筆。

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初出メディア

週刊文春

週刊文春 2019年6月27日号

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