コラム

『ル・コルビュジエ全作品集』(A.D.A.EDITA Tokyo)、ジークフリード・ギーディオン『空間 時間 建築』(丸善)、ブルーノ・タウト『アルプス建築』(育生社弘道閣)

  • 2024/03/10

私が選ぶ二十世紀の三冊

たとえば、打ち放しコンクリートという仕上げがある。コンクリートの地肌のザラザラした味わいを表面に出すやり方で、安藤忠雄なんかはその世界的名人として知られている。あるいは、これは打ち放しコンクリート以上に一般化しているから当たり前すぎて気にもしないが、二階以上が普通の建物で、一階が柱だけになっている造り方を建築界ではピロティという。

こうした今では世界のどこにでも見られる建築デザインを提唱し、決定的にしたのが、フランスの建築家ル・コルビュジェにほかならない。

日本との直接的関係でいうと、上野の国立西洋美術館はその作だし、その前に立つ東京文化会館の設計者の前川国男、神奈川県立近代美術館の坂倉準三は、戦前の段階で弟子入りしている。丹下建三、磯崎新、安藤忠雄といった現代の日本、そして世界をリードする人らも、若い時、決定的な影響を受けることで、建築家としてスタートしている。安藤などは、コルビュジェのところに弟子入りしようと、シベリア鉄道に乗りパリに着いたら、彼は少し前に死んでいたというくらいだ。

いわば、日本そして世界の戦後建築界の先生役を果たしたのがコルビュジェだが、そうした広範な影響がどうして可能になったのかというと、言葉と出版の力による。

実作のろくにないうちから、雑誌を刊行し、少し作品が出来るようになると、それらを収載する作品集を出した。ふつう作品集というと、大家がその作家活動が一段落したところで集大成としてまとめるものだが、コルビュジェは、駆け出しの時から、一冊分がまとまるとその都度出すという珍しいことをする。今回取り上げた『ル・コルビュジェ全作品集』が年代を追って八分冊になっているのは、そうした理由による。

数年に一冊出るこの作品集を見て、昭和初期の世界の青年建築家らは、ある者はシベリア鉄道の三等車に乗り、ある者は太平洋航路の船底にもぐり込んで、パリのコルビュジェのアトリエに向かった。それが不可能な世代、例えば丹下建三や磯崎新は、作品集を食い入るように眺め、読み、まだ見ぬコルビュジェ建築のイメージを膨らませたのだった。これほど二十世紀の世界の建築に決定的影響を与えた刊行物もないであろう。もちろん今でも世界中で刊行され続け、二十世紀建築のバイブルと化している。思わず「バイブル」なんて言い方をしたが、本当のバイブルの主人公とは違い、コルビュジェは、情報とメディアの重要性をいやらしいくらいに知り尽くしていた。

たとえば、アトリエで、朝、弟子たちに渡したラフな図面を夕方には回収し、他に流出するのを防いだという。そうして回収した図面を集積して作品集とした。コルビュジェは建築家であるにもかかわらず、まるで文学者のように、本の中に全生涯が封じ込められている。だから、今でも会うことができるのである。

ル・コルビュジエ全作品集〈第1巻〉 /
ル・コルビュジエ全作品集〈第1巻〉
  • 翻訳:吉阪 隆正
  • 出版社:A.D.A.EDITA Tokyo
  • 装丁:-(201ページ)
  • 発売日:1979-01-01

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二十世紀の建築を切り拓(ひら)いたのは、フランスのル・コルビュジェ、ドイツのミース・ファン・デル・ローエなどなどの建築家たちにちがいないが、しかし、彼らは言ってしまえば、ことの当事者であって、はたして彼らの作品が本当に長い建築の歴史の中で優れたものたりうるのか、二十世紀という時代の子といっていいものか、といった正統性の証明を自分でするわけにはいかず、優れた理論家、歴史家の出現が待ち望まれていたところに彗星(すいせい)のごとく現れたのが若きジークフリート・ギィーディオンで、コルビュジェに併走するような形で活動を開始した。

彼はコルビュジェを中心に世界的に組織された国際近代建築家会議(これには日本の前川国男や丹下健三も参加している)の事務局長を務めるなど、モダニズム建築運動の中枢に座り、同時に積極的な言論活動を展開する。名著の誉れ高き『空間 時間 建築』を一九四一年に世界に向けて刊行し、もちろん日本でも昭和三十年に翻訳刊行された。

当時は戦後の情報飢餓時代だったという追い風も幸いして大当たりをとり、学生や若い建築家たちはむさぼるように読んだ。おそらくは全国各地で論読の会が催されたにちがいないが、コルビュジェ流のモダニズム建築こそが正統であるという認識が広く定着するようになる。

建築界のなかでの社会的影響力の大きさという点では、チャンピオンの書と言っていいだろう。

では、どのようにして正統性は証明されたのか。既存の勢力を否定して現れた新しい勢力が自らの正統性を証明するのは、いつの場合でも同じで、実はわれわれこそ過去の歴史の内実を継承している、と主張することに尽きる。

ギィーディオンは、二十世紀のモダンデザインの動きは、その合理的思考、幾何学性よりして、起源はルネサンスまでさかのぼり、さらにギリシャまでつながっていることをまず述べる。ギリシャ様式やルネサンス様式のリヴァイヴァルを旨とする十九世紀の既存勢力は、それらの形式だけを真似(まね)しているにすぎず、ギリシャとルネサンスの造形の精神と本質の正嫡は自分たちであると言うのである。

ナルホド、外形じゃなくて内実を継いでいるのか、と学生時代の私なんかは感動したものである。

さらに、ギィーディオンはたたみかける。近代という科学技術の源は十八世紀の産業革命にあり、産業革命の中で生まれた建築技術としては、鉄骨技術と鉄筋コンクリート技術とガラス技術の三つがあるだろう。それらを駆使して作られた大温室とか駅とか工場とかの十八世紀の産業建築に体現された機能的で合理的な美こそが、二十世紀のモダン建築の源なのだ、と。

産業革命の十八世紀とモダンデザインの二十世紀によって、自分たちの敵である歴史主義の十九世紀を挟み撃ちにしたのである。この作戦は見事に当たり、反抗的建築家のコルビュジェは正統的建築家に変身することができたのだった。

新版 空間・時間・建築 / ジークフリード ギーディオン,Sigfried Giedion
新版 空間・時間・建築
  • 著者:ジークフリード ギーディオン,Sigfried Giedion
  • 翻訳:太田 実
  • 出版社:丸善
  • 装丁:単行本(1062ページ)
  • 発売日:2009-01-23
  • ISBN-10:4621080784
  • ISBN-13:978-4621080788

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ブルーノ・タウトといえば桂離宮である。しかし、桂離宮の美しさを発見した人と言う評価は間違いというしかない。来日した昭和十三年の頃には、日本の建築書では桂の価値はよく知られており、だからこそ、タウトを迎えた日本の建築家たちは、来日早々(敦賀上陸の翌日!)の彼を桂に連れて行き、予定通りに「泣きたいくらいに美しい」と言わしめたのだった。タウトの功績は、建築界の中でしか知られていなかった桂の素晴らしさを広く世に伝えた点にある。裏返せば、当時の日本の建築界にはそれだけの文筆能力のある人がいなかった、ともいえるのだが。

タウトは桂の一件で日本では名高いが、建築家としての実績は世界的にはどうなんだろうと心配になる人もいるかもしれないが、安心していい。二十世紀を代表する建築家の一人であることは間違いない。

彼が世界をリードしていた時間はそう長くはないが、少なくとも一九一〇年代にかぎっていえば、彼以上の輝きを放つ者はいなかった。

まず、一九一三年の〈ガラスの家〉によって。壁から屋根まですべてがガラスの建物を実現し、その中を歩けばまるで水晶の中をくぐりぬけてゆくような幻想的空間を生み出した。近代建築の主要な材料であるガラスの可能性を全面的に引き出した世界最初の建築家となった。

そして次が、一九一九年の『アルプス建築』の刊行である。

普通建築家が出す本といえば、建築はかくあるべしという活字の本か、自分の作品を並べた写真の本かどちらかなのだが、タウトはちがって、この世にありえないような建物の絵を描いて刊行した。

題名のとおり、ヨーロッパのアルプス山脈の雪の峰々を包むようにしてガラスの建築が連なってゆく。時には峰の上に虚空を目指してさらに伸び、あるいは氷河と共に谷を埋めて。その光景は、アルプスがすべて水晶と化して連なっていくかのようだった。

アルプスの水晶建築化だけでとどまればまだしも、地球の表面を設計し直し、さらには“ドーム星”やら”浮遊建築局のある洞穴星”やらまで手がけ、ついには銀河系宇宙の向こうを張って、そうしたヘンな星々系宇宙までデザインし、自ら”宇宙建築師”と名乗ったのである。

幻想の翼をここまで伸ばした建築家はいない。二十世紀は合理と機能の建築の時代にちがいないが、その道を突き進んだ果ての現在のガラス張りのビルの退屈さを前にすると、ガラスの中に幻想を見ることができた二十世紀初頭のタウトがうらやましく感じられてならない。『アルプス建築』の冒頭の言葉の一部を引く。

われわれは役に立つもので幸せになったであろうか。いつもいつも役に立つものばかりで、退屈だ。

アルプス建築 / ブルーノ・タウト
アルプス建築
  • 著者:ブルーノ・タウト
  • 出版社:育生社弘道閣
  • 装丁:大型本(66ページ)
  • 発売日:1944-02-25

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【このコラムが収録されている書籍】
建築探偵、本を伐る / 藤森 照信
建築探偵、本を伐る
  • 著者:藤森 照信
  • 出版社:晶文社
  • 装丁:単行本(313ページ)
  • 発売日:2001-02-10
  • ISBN-10:4794964765
  • ISBN-13:978-4794964762
内容紹介:
本の山に分け入る。自然科学の眼は、ドウス昌代、かわぐちかいじ、杉浦康平、末井昭、秋野不矩…をどう見つめるのだろうか。東大教授にして路上観察家が描く読書をめぐる冒険譚。

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初出メディア

東京新聞

東京新聞 1997年6月1日〜6月15日

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