コラム

『史料纂集』の電子化は、史料調査をどのように変えるのか。JKBooks『Web版史料纂集』

  • 2023/01/25
2023年1月10日、オンライン辞書・事典サイトであるジャパンナレッジのJKBooksにてリリースされた『Web版史料纂集』。日本文化を知る一大叢書『史料纂集』とは何か。『史料纂集』の電子化は、史料調査をどのように変えるのか。

史料翻刻と歴史研究

歴史研究の基本は、良質の史料を解読し、詳しく解釈を加え、それをもとに論を展開していくことです。史料の大元となる原本は和紙に筆で書かれたもので、現代の我々には読みにくい「くずし字」で記されています。史料解読にあたっては、この「くずし字」を解読し、活字に起こす「翻刻」という作業が不可欠です。最近では、AIを利用した解読ソフトも開発されつつありますが、解読しきれないことも多く、依然として「翻刻」には知識と経験に裏打ちされた研究者の先生方の知恵が必要不可欠なのが現状です。

2023年1月10日、オンライン辞書・事典サイトであるジャパンナレッジのJKBooksにてリリースした『Web版史料纂集』は、研究者の先生方が一文字ずつ、くずし字で書かれた難解な原本を読み解いて活字化し、読者が使いやすいように注をつけた書籍版シリーズ『史料纂集』を、検索できるようにデータ化したものです。

『史料纂集』って何?

『史料纂集』は、続群書類従完成会の創業45周年を記念して、1967年より刊行が開始された史料集です。2007年より、八木書店がその出版事業を継承し刊行を継続しています。

本叢書は、古代から近世までの、これまで刊行されてこなかった新発見の史料や現段階で全面的な改訂が必要な史料を集成したもので、東京大学史料編纂所が編纂する『大日本古記録』や『大日本古文書』を相補う形で刊行されています。

書籍版「史料纂集」

書籍版はこれまでに古記録編が214冊(54書目)、古文書編が52冊(30書目)刊行されており(2023年1月現在)、現在も年5~6冊のペースで継続刊行しています。今回、この『史料纂集』のうち平安時代・鎌倉時代・南北朝時代の12タイトル(全43冊。いずれも日記史料)が『Web版史料纂集 第1期』としてリリースされました。
 

『史料纂集』の翻刻紙面

それでは『史料纂集』の書籍版がどのように作られているか、具体的に見ていきましょう。

例えば、『史料纂集』には「師守記」(全11巻)という史料が収録されています。これは14世紀(南北朝時代)の公家、今でいうところの実務官僚が書いた日記です。この史料の原本は国立国会図書館などに所蔵されており、オンライン上でカラー画像を見ることができます。

この画像をみますと、南北朝時代当時のものですから、筆で「くずし字」で書かれています。こうした原本をすらすら読んで解読し、そのまま研究に利用できる人はごく少数でしょう。そのため、この原本を「翻刻」し、補足情報を付け加え、誤りを正す「校訂」作業を行ったテキストを提供することで、はじめてだれもが使える史料となります。『史料纂集』は、こうした丁寧な翻刻・校訂を経たテキストを提供している点が大きな特長となっています。

『師守記』第9・149頁

 

注でわかりやすさを提供

さて、紙面をみますと、行間に〔 〕と( )の注記が散見されます。( )は本文だけではわからない人名を補足しています。たとえば、『師守記』第9巻149頁の10行目に「蔵人右中弁」とありますが、これだけでは誰のことかはわかりませんが、注で(中御門宣方)と人物を特定しています。

一方、〔 〕は、原本の表記に正しい文字を訂正・追加したものです。たとえば同じく10行目には「□」とありますが、これは原本が欠損してよめないことを意味します。しかし翻刻を担当した先生方が、前後の文脈から「嗣」と読めると判断し、〔嗣〕と注記しています。こうした作業が「校訂」にあたります。

また、紙面の上段には本文の内容を簡単に説明した「標出(頭注)」が付されています。「標出」があることで、本文をよまなくても、手早く内容を把握し、探している記事にたどり着くことができます。

このように、『史料纂集』はただ史料原本を文字起こしするのではなく、読者にわかりやすさを届けるために、日記の一文字ずつに対してこうした補足情報を付け加える作業が重ねられており、使いやすい形で提供されている史料叢書となっています。

最新・最良のテキストを提供

『史料纂集』では、重版の際には誤りを訂正し、校訂を補完して、常に最良のテキストを提供しています。また、よりよい史料の原本が発見されたり、研究が進展したりして新たな知見が加わることもあります。その場合は、新訂増補版を刊行しております。

今回刊行した『Web版史料纂集』では最新版の書籍を用いており、その全文テキストデータを作成・公開しました。『史料纂集』には研究で使用される史料が多いにもかかわらず、これまでテキストデータは提供されてきませんでした。しかし、今回『Web版史料纂集』が刊行されたことで、手軽に、簡単に、様々な史料を横断して検索し、さらにはテキストデータを手軽に引用できるようになり、今後の研究の進展が見込まれます。

未知の史料にアクセス

『Web版史料纂集』は、ジャパンナレッジのJKBooksにて公開されており、閲覧画面では書籍紙面の画像とそれに対応するテキストデータを同時に表示したデータベースとなっています。また、書籍全体のテキストデータを搭載しているので、語句の全文検索も可能です。これは非常に画期的です。

これまでは、書籍版を最初から最後まで、長い時間をかけて何冊も手でめくって目視し、語句・用例を確認する作業が基本でした。しかし、Web版では検索したい語句を入力すれば、すぐに目的の用語にたどり着くことができます。JKBooksにはほかにも『群書類従』『国史大系』『鎌倉遺文』などの基本的な史料集が搭載されていますので、同時検索も可能です。

重要なのは、様々な史料を横断して検索すると、自分の研究には「関係ない」と思い込んでいた史料集から、目的の事例がヒットするかもしれない、ということです。検索によって、未知の史料が見つかったり、新たな知見を導き出すことができるかもしれません。

Web版史料纂集の画面 「月食」で検索
 

多分野で活用できる『Web版史料纂集』

『Web版史料纂集』は日本の文化・歴史研究での利用が基本ですが、自然科学をはじめとするそれ以外の諸分野でも活用できます。以下、例をあげて説明しましょう。近年は新型コロナウイルスの流行もあり、「疾病」「感染病」に注目が集まっています。

試みに『Web版史料纂集』第1期で検索をかけてみると、「病」で844件、「服薬」で63件ヒットします。ここからは病気と薬が古い時代より重要であったことがうかがえます。「服薬」の事例では、『師守記』(貞治元年〔1362〕11月22日)に「主上自明日可有御服薬蒜酒」とみえ、「主上」(=後光厳天皇、在位1352-1371)が「蒜酒」というニンニクを漬け込んだお酒を薬として飲んでいた、といった興味深い記事が見つかりました。

『Web版史料纂集』収録の史料は当時の日記、言い換えれば人々の生活や生の声を知ることのできる同時代史料です。だからこそ、病気や薬に関する記述がたくさん検出できるということなのでしょう。

学際研究、レポートやレファレンス利用に最強のツール

上に挙げたのは医療に関連するキーワードですが、他にも災害に関わる「洪水」「地震」、天文に関わる「彗星」「日食」、気象に関わる「雨」「大風」、生物に関わる「犬」「牛」などで検索すると、『Web版史料纂集』ではさまざまな記事を読むことができます。

分野を超えた学際的な研究が必要とされる現在、文系・理系を問わず様々な学問分野の研究の場で、本データベースは過去の事例を調べる「最強のツール」として活用することが期待されます。

また、ジャパンナレッジには『日本国語大辞典』をはじめとする基礎的な辞書類が多く収録されています。そのため、辞書と史料とをオンラインで同時に参照することで、簡単に出典に基づいたリサーチができます。

学生の方がレポートを執筆したり、図書館の司書の方がレファレンス利用などで本データベースを使用したりするシーンを想像すると、かなり便利なのでは、と思われます。ほかにも『Web版史料纂集』は記事の日付ごとにタグを付し、年月日による絞り込み検索も実装しています。そのため、時期を絞り込んだ条件を絞り込むことで効果的に調査・研究を進めることができるでしょう。

『Web版史料纂集』は300冊を超える『史料纂集』シリーズの全冊を電子化することを目標としています。今回リリースしたのはそのうちの一部(43冊)にすぎませんが、一部でも『史料纂集』が簡単かつ便利に使えるようになったことで、調査・研究の場に新風を吹き込むことができたのではないでしょうか。

本叢書が今後も幅広く活用されることを期待しつつ、紹介を終えたいと思います。

*『Web版史料纂集』は図書館・法人向けのサービスとなります。

〔参考記事〕
・『Web版史料纂集』商品詳細(八木書店出版部のページ)
https://catalogue.books-yagi.co.jp/books/view/2241
・研究が変わる!参考調査の常識も変わる!現役図書館員がズバリ聞く『ジャパンナレッジ版 史料纂集』 図書館総合展2022年度フォーラム(ジャパンナレッジのページ)
https://japanknowledge.com/event/report/20221110.html 
・JKBooks『Web版 史料纂集』:第一回 明月記に見る古代・中世の天文現象(紀伊國屋書店「教育と研究の未来」のページ)
https://mirai.kinokuniya.co.jp/2023/01/38641/
 
[書き手]八木書店出版部
1934年創業の学術出版社。日本の文学・歴史を中心に、演劇・美術・書誌学関連の出版を行っています。なかでも学術資料として貴重な古典籍を高精度に複製、翻刻することをメインとしています。近年の出版事情にあわせて、群書類従(正・続・続々)全133冊を全文電子化し、配信するなど、学術資料の一次資料の研究基盤を整備するべく、電子出版にも取り組んでいます。
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ALL REVIEWS 2023年1月25日

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