書評

鴻巣 友季子「2024年 この3冊」毎日新聞|平中悠一『「細雪」の詩学: 比較ナラティヴ理論の試み』(田畑書店)、阿部賢一『翻訳とパラテクスト: ユングマン、アイスネル、クンデラ』(人文書院)、高遠弘美『楽しみと日々: 壺中天書架記』(法政大学出版局)

  • 2025/02/05

2024年「この3冊」

<1>『「細雪」の詩学: 比較ナラティヴ理論の試み』平中悠一著(田畑書店)

<2>『翻訳とパラテクスト: ユングマン、アイスネル、クンデラ』阿部賢一著(人文書院)

<3>『楽しみと日々: 壺中天書架記』高遠弘美著(法政大学出版局)


<1>目の覚めるような文芸評論研究の書。今年断トツだった。谷崎潤一郎『細雪』をナラションの面から仔細、緻密に分析、解説、評論した書だが、一作家一作品のモノグラムの範疇を超えて日本語の本質、近代日本語とその小説言語の成立と、日本語話者の精神機構をも解明する詩学論であり比較文学論と言える。

<2>翻訳の不等価性、不均衡性を掘りさげた、チェコ文学者による稀有な研究書だ。翻訳とは二言語間の水平移動ではないことがわかる。ヨゼフ・ユングマン、パヴェル・アイスネル、クンデラの仕事をパラテクストという視点からつぶさに解明する。

<3>高遠弘美の書くものは韻文であれ散文であれ、エセーであれ評論であれ翻訳であれ、すべてが詩である。数千年の時を超えた詩人たちの交感の声が聞こえる。

「細雪」の詩学: 比較ナラティヴ理論の試み / 平中 悠一
「細雪」の詩学: 比較ナラティヴ理論の試み
  • 著者:平中 悠一
  • 出版社:田畑書店
  • 装丁:単行本(456ページ)
  • 発売日:2024-04-10
  • ISBN-10:4803804311
  • ISBN-13:978-4803804317
内容紹介:
谷崎最大の長編「細雪」。しかしその評価は未だ定まってはいない。本書は従来のナラトロジーを更新するノン・コミュニケーション理論を導入することで、日本語による三人称小説の〝客観的に論… もっと読む
谷崎最大の長編「細雪」。しかしその評価は未だ定まってはいない。本書は従来のナラトロジーを更新するノン・コミュニケーション理論を導入することで、日本語による三人称小説の〝客観的に論証可能な「語り」読解〟の方法論を提示し、プルースト、V・ウルフらに比肩する同時代の世界文学としてその価値を標定する──小説家として知られる著者が東京大学大学院に提出した日本語による博士論文。

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翻訳とパラテクスト: ユングマン、アイスネル、クンデラ / 阿部 賢一
翻訳とパラテクスト: ユングマン、アイスネル、クンデラ
  • 著者:阿部 賢一
  • 出版社:人文書院
  • 装丁:単行本(346ページ)
  • 発売日:2024-03-22
  • ISBN-10:4409161016
  • ISBN-13:978-4409161012
内容紹介:
文化資本が異なる言語間の翻訳をめぐる葛藤とは?19世紀初頭の民族再生運動のなかで、チェコ語の復興をめざし、芸術言語たらしめようとした、近代チェコ語の祖ユングマン。ナチスが政権を掌握… もっと読む
文化資本が異なる言語間の翻訳をめぐる葛藤とは?

19世紀初頭の民族再生運動のなかで、チェコ語の復興をめざし、芸術言語たらしめようとした、近代チェコ語の祖ユングマン。ナチスが政権を掌握しようとした時代、多民族と多言語のはざまで共生を目指したユダヤ系翻訳家アイスネル。冷戦下の社会主義時代における亡命作家クンデラ。ボヘミアにおける文芸翻訳の様相を翻訳研究の観点から明らかにする。

◎目次
はじめに 小言語の翻訳を論じること

第I部 ヨゼフ・ユングマン

第1章 十九世紀初頭のチェコ語
第2章 『言語芸術』
第3章 『アタラ』の翻訳
第4章 辞書
第5章 翻訳の機能

第II部 パウル・アイスナー/パヴェル・アイスネル

第1章 言語のはざまで
第2章 アンソロジー
第3章 「共生」に関する言説
第4章 ユダヤ性について
第5章 翻訳をめぐる言葉

第III部 ミラン・クンデラ

第1章 翻訳者クンデラ
第2章 翻訳されなかった作品
第3章 「小文学」を翻訳する
第4章 「真正版」という概念、あるいは小説の変容
第5章 翻訳される作品、あるいは「大いなる帰還」

参考文献
結びに

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楽しみと日々: 壺中天書架記 / 高遠 弘美
楽しみと日々: 壺中天書架記
  • 著者:高遠 弘美
  • 出版社:法政大学出版局
  • 装丁:単行本(878ページ)
  • 発売日:2024-06-26
  • ISBN-10:4588460250
  • ISBN-13:978-4588460258
内容紹介:
着実に知識を積み重ね大きな業績を残す研究者は、多いとは言えないがいる。古典的な意味での文人と呼ぶべき人々も、今でもいる。ただ同時にその両者であり、しかも大胆な冒険心や心の熱や軽妙… もっと読む
着実に知識を積み重ね大きな業績を残す研究者は、多いとは言えないがいる。古典的な意味での文人と呼ぶべき人々も、今でもいる。ただ同時にその両者であり、しかも大胆な冒険心や心の熱や軽妙な遊び心を備えた人が、知と文の東西を自在に行き来しながら書き綴った文の数々をこれほどの濃密さで愉しむことができる幸福は滅多にはないものだと思う。佐藤亜紀(作家)

「目新しいものばかり追う風潮はやはり読書の愉しみとは無縁のものだ」。プルースト、石川淳、澁澤龍彥、種村季弘、市河晴子、吉田健一、中村真一郎、矢野峰人、『ルバイヤート』……数々の鍾愛の書。再読できなければ本の意味はなく、精神の自由を守り、生きる喜びに出会う瞬間のために本を読み続ける。『失われた時を求めて』個人全訳刊行中の仏文学者にして、稀代の随筆家でもある著者の半世紀に及ぶ文筆の集大成。

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毎日新聞

毎日新聞 2024年12月14日

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