コラム
堀江敏幸「2023年 この3冊」毎日新聞|<1>パスカル『小品と手紙』(岩波文庫)、<2>陣野俊史『ジダン研究』(カンゼン)、<3>荒川洋治『真珠』(気争社)
2023年「この3冊」
<1>パスカル『小品と手紙』(岩波文庫)
<2>陣野俊史『ジダン研究』(カンゼン)
<3>荒川洋治『真珠』(気争社)
<1>厳密な理路を脳内に住まわせる数学者が、神の存在を信じるために必要とするものはなにか。『パンセ』にはないぬくもりのある声で、幾何学は職業にすぎないと述べる彼の足もとから、推論の外へ鋭い思考のパスが送られる。
<2>二〇〇六年、現役最後の試合となるW杯決勝で、相手に頭突きを放って退場となったフランス代表ジダン。研究の名を借りた大部のオマージュの第三章「ヘッドバットの解釈学」には、否定神学の熱が充ちている。
<3>歪な真珠のようなジダンの頭部は、聖フランチェスコを思わせる。病に冒された五人の男をアシジの貧者が「二人ずつ抱くと/一人が余る」。はじかれたこの一人に詩が胚胎し、職業に終わらない言葉の幾何学が生まれる奇蹟(きせき)を見た。
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