• 2019/06/09

【イベントレポート】名著はなぜ、時を超えて私たちの胸に響くのか?「書評家たちに学ぶ『名著深読み術』」第2回(3/8) 内田樹 × 鹿島茂


NHKEテレの人気番組「100分de名著」プロデューサーの秋満吉彦さんとALL REVIEWS主宰の仏文学者である鹿島茂さんがタッグを組んだ講座、「書評家たちに学ぶ「名著深読み術」 鹿島茂とALL REVIEWS書評家たちの宴」が3月8日(金)にNHK文化センター青山教室で開催されました。

講座のテーマは「フランス文学はこう読め!」ゲストは、フランス現代思想を専門とする思想家・武道家である内田樹氏。(著書に『私家版・ユダヤ文化論』など)サルトルの『嘔吐』、カミュの『反抗的人間』を語っていただきました。

名著はなぜ、時を超えて私たちの胸に響くのか?

サルトル『嘔吐』を読み解く!~「昨日の変人は、今日の凡人」

鹿島さんが読み解くサルトルのキーワードは「昨日の変人は、今日の凡人」。
本著をはじめて読んだのは高校生の頃ですが、当時はピンとこなかったようです。

『嘔吐』のストーリーはとてもシンプル。サルトル自身が住んだこともある港町での体験をモデルとし、日記に日常が綴られます。ある日、主人公が川に向かって平らな石を投げていたときに感じた不思議なむかつきのような「違和感」を、公園でマロニエの木の根っこにも覚えた、というものです。

この物語を理解するために必要なのが、サルトルの生い立ちです。
彼は、幼い頃に父を亡くし、母、祖父母に囲まれ子どもの頃から書籍に親しんでいました。大学教授であった祖父の影響で、4歳の頃には読み聞かせを暗記して『家なき子』(エクトール・マロ)を、その後には『ボヴァリー夫人』(ギュスターヴ・フローベール)や百科事典『グラン・ラルース』も読んでいました。

彼は、先に「言葉」を知り、そのあとに現実の「物」を理解します。
つまり、先に「コップ(仏語でGlasse)」の存在を知ってから実物のコップを見て、「これがコップだ!」と認識します。サルトルは具体的な『物』よりもまず概念を学ぶ」人であり、当時のフランスでは特殊なことでした。
この生い立ちが、『嘔吐』の主人公であるロカンタンの「独身」・「独学者」「世界中を旅する」という「変人」っぽさにもあらわれています。

ここで、鹿島さんは現代の若者とサルトルの共通点を見つけます。
今の若い人は、「アニメ」などのバーチャルで言葉を知ったあとに、現実と対峙しています。つまり「サルトルの言葉の学び方」は、現代の若者と同じです。これがまさに「過去の変人は現在の凡人」ということ。


(写真)鹿島さんは、秋葉原のメイドカフェで現代の若者を観察したんだとか

『嘔吐』で、主人公がマロニエの木に違和感を覚えたのはなぜか。それは、先に言葉だけを知り、あとから現物を見たからでしょう。鹿島さんがはじめて『嘔吐』を読んでピンと来なかったのは、当時の日本が「物」を先に知る時代だったから。

 『嘔吐』は、後の世に大きな影響を与え、『時間割』(ミシェル・ビュトール)や『消しゴム』(アラン・ロブ=グリエ)などの作品の源流となります。同じテイストで作られた『トロピスム』(ナタリー・サロート)は、ヌーヴォー・ロマンに派生していきました。
 

フランスと日本の共通点とは?

鹿島さんは、続いてフランスと日本の類似点を語ります。
フランスのパリ盆地部分は千年以上前から核家族、東・南エリアは直系家族が多くなっています。この状況は、現在の日本とも似ていませんか?

内田さんの補足によると19世紀のフランス文学に欠かせない知識が、年金生活者であるランティエ(rentier)。彼らは祖父の世代に買った国債の利子で暮らしていました。5%の利子がつく国債が1億円あれば年間500万円が入ります。裕福な彼らがアヴァンギャルドのスポンサーとして文化を育てた面もありました。

彼らの暮らしが一変したのが1914年の第一次世界大戦。戦争による「危機と不安」の風潮は1930年代半ばまで続きます。働かなければならなかったランティエの、社会への嫌悪や足下が崩れるような不安は、1938年に刊行された『嘔吐』の「むかつき」や「違和感」にも通じるところがあったのかもしれません。
 

カミュを読み解く!~「身体感覚」に従った人間くささ

続いて、内田さんが読み解くのが、カミュの『反抗的人間』。
秋満プロデューサーも思い入れがあり、今こそ読みたい1冊であると語ります。

概念から学んだサルトルにたいして正反対の思想を持つカミュは、まず現実が先にあり、そのあとに知識を身につけました。彼をひもとくキーワードは「身体感覚」。

内田さんは自著『ためらいの倫理学』で「人を殺すことができるのか」というテーマを取り上げています。1940年代のカミュは、レジスタンス活動でドイツへの激しい武装闘争を展開。「本意ではないが人を殺す権利がある」と主張する一方で、対独協力者への死刑宣告の助命嘆願には悩んだすえに賛同しています。彼の本質は「自分の気分」、身体感覚なのです。

『反抗的人間』が出版された1951年当時、フランスにおける恐怖はスターリンでした。政治的正義・階級的正義に重きを置くマルクス主義が、歴史・政治・経済・文学のすべてを体系化、説明できる圧倒的な強さを持ち、はっきりと右派・左派に分かれていました。

カミュはこの状況に「すっきりしない」という感覚を持ちました。理念や観念の体系、イデオロギーを頭では理解できても、二項対立では決められない余剰の部分が気になり、体が受け付けません。そこで彼は、「気持ちが片付かない」ことをベースにし、マルクス・スターリン主義への反抗としてどっちつかずの真ん中、中庸の主張を試みました。

しかし、ふつうは身体感覚を抑圧できますが、カミュはそうはいきません。『反抗的人間』の執筆でも違和感があると前言を撤回し、様々な文献から一部をつまんでまとめます。言葉遣いが上手なのでなぜかつじつまが合いますが、できあがるのは体系化にはほど遠い文章です。

さらに、この主張の根拠は理念にはなく、感覚や実感による「さじ加減」でした。
二項対立で成り立つ哲学に対して、二項対立の考えに疑問を問いますが、その疑問自体が二項対立になる、非常に複雑な持論を展開します。

(写真)武道派としては、身体感覚が先に来る気持ちには共感する!と話す内田さん


結果、『反抗的人間』は支離滅裂かつ明らかな失敗作となりました。
当時のカミュは『異邦人』『シーシュポスの神話』のヒットの裏でもレジスタンス運動に関わり、名実ともにフランスでの知的威信がありました。そのため、彼に反論できる者はいませんでした。しかし、この作品をきっかけにサルトルから批判を受けて論争に発展し、カミュが圧倒的に敗北します。このときの論争もカミュは個人の信頼を基盤としており、討論としてはダメダメな状態にも関わらず、彼の人間くささが垣間見えるのです。

今こそ『反抗的人間』を読むべき理由とは?

フランス語で “La Nausée(「ちょっとむかつく」「気分が悪い」「居心地が悪い」)”の意味の『嘔吐』。同じく、“se révolter(「反乱、暴動、反抗、反逆、激しい憤り、憤慨」、形容詞では「胸がむかつく」「気持ちが片付かない」)”という意味の『反抗的人間』。
似たような意味の書籍がありながら真逆の思想を持つ、2人の思想家の作品を取り上げました。

サルトルとカミュは幼い頃に父親を亡くしたという家庭環境が共通しています。違いがあるなら、サルトルは哲学的な概念を突き詰め、カミュは現実との切り替えができたことだと、鹿島さんは語ります。
網羅的に勉強を続けたサルトルだからこそ、カミュが体系的な哲学の勉強をしていないことを言い当てることができたのでしょう。内田さんも実際にカミュを読むと「読みは正確だけれど、直感で引用しており、勉強をしていないのが分かる」とはっきりと言い切ります。


(写真)カミュの書く文章はほれぼれするようなかっこよさがある。『反抗的人間』も哲学書としては難解だけれど、かっこいいフレーズだけを抜き出してもよいのでは?という声も


 そんなこともあり、フランスでの思想・哲学史では、光が当たらない存在となってしまったカミュですが、それでも今読むべきなのは『反抗的人間』だというのが、登壇者3人の見解です。

「長く残る名著の条件」について、内田さんは、「研究しつくされた作品ではなく、熱烈なファンが世代を超えて大多数ついているもの」。鹿島さんは「予感を感じさせるもの、予感でできたものが最終な勝利者である」といいます。

これには、会場も、秋満プロデューサーも納得。

時代を代表する作家はその時代とシンクロし、多くの人の共感を集めます。研究も進みますが、時代が更新されると一気に時代から取り残されてしまうのです。
サルトルは『嘔吐』で、カミュは『異邦人』・『ペスト』で「予感」を生み出しました。
 
そこから二人の道は分かれ、サルトルはその時代にシンクロし、カミュは思想を貫きます。

スターリンを排除する右派、思想を否定できない左派に挟まれ、どちらにも与することができなかった、カミュ。彼は同時代の人から馬鹿にされたかもしれませんが、その思想はSNSなどを見ていると二項対立になりがちな現代の状況ともリンクする点があるはずです。

今でも「読める」そして「読むべき」作品として、フランス文学にも興味を持っていただけると幸いです。

まとめ

秋満プロデューサー・鹿島さん・内田さんの3名の力で、なかなか手に取りづらい名著への橋を架けていただきました。二人の作家の生い立ちや、当時の時代背景を知ることで、作品により深く入り込むことができますね。まさに「名著への招待」であるイベントは、来場者にも楽しく聞いていただけ、質疑応答も盛り上がりました。

『100分で名著』はNHKEテレで放送中。また、「ALL REVIEWS友の会」は会員を募集しています。すでに、出版・WEB業界人、作家、学生、フランス文化や書籍を愛する方など幅広いメンバーが参加しています。本好きが集う、出版業界が活発になりそうな「予感」を感じたい方は、ぜひご参加ください。

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【関連リンク】
◆NHKEテレにて毎週月曜日放映中の「100分de名著」
https://www.nhk.or.jp/meicho/

◆「100分de名著」プロデューサー秋満吉彦さんによる仕事論・人生論『行く先はいつも名著が教えてくれる』のまえがきが以下よりお読みいただけます。
https://allreviews.jp/review/2900

◆ALL REVIEWS主宰で書評家の鹿島さんのページ
https://allreviews.jp/reviewer/8

◆対談のお相手、ALL REVIEWS書評家のおひとり内田さんのページ。
https://allreviews.jp/reviewer/81


【この記事を書いた人】佐藤ざらめ
活字中毒。最近読むのはマンガばかり。明るく、楽しく、誰かに寄り添う物語に惹かれます。文房具と美術館とライブとハーブティーが好き。人に伝えるための文章を書いています。
夢は余生で小さな美術館をひらくこと。棺桶に入れたい1冊はやっぱり『星の王子さま』。
●note: https://note.mu/eses

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