はじめに
あなたは、どんな思いでこの本を手に取ってくださっているのでしょう? タイトルにある「名著」という言葉が気になって、ふと手にしてくださっているのかもしれません。あるいは、もしかしたら人生につまづいて、何かにすがるようにこの本に手を伸ばしてくださったのかもしれません。そんなあなたへ、心をこめて手紙を書くようにこの本を書いてみたいと、今、思っています。どうしてかというと、そのほうが、まっすぐに、この言葉があなたの心に届くと思うから。あなたも、自分自身に向けての手紙と思って受け止めてくださったらうれしいです。
私は、今でこそテレビ番組のプロデューサーという肩書で仕事をしていますが、仕事においては新人の頃からどちらかというと「落ちこぼれ」で、ずいぶん「名著」というものに助けてもらい、ここまで生きてきました。この本で紹介する「名著」に出会っていなければ、おそらく私は今のように生きていないでしょう。何しろ、私の人生は「挫折」と「失敗」の連続でしたから。今でも、その場面、場面をはっきりと思い起こすことができます。プロデューサーというと、何となく「花形の職業」と思われるかもしれませんが、まったくそんなことはありません。挫折あり、予期せぬ人事異動あり、上司・部下との不和ありと、世の多くのサラリーマンと何ら変わることのない普通の存在です。
ですから、「自分とは別世界の人が書いた本だから、自分には関係ないし、参考にもならない」と思ってほしくないのです。この本は、老若男女あらゆる人たちに読んでほしいと思ってはいますが、とりわけ、私と同じような悩み、苦しみを抱いて日々人生と格闘しているサラリーマンのみなさんにこそ、読んでほしいと切に願っています。
くたびれて、ふらふらになって、もはや立ち上がることもできない。そんなときに再び立ち上がるための杖となってくれたのが「名著」でした。暗い迷い道に入り込みそうになったときには、そっとどこからか手を差し延べてくれて、光のある方向へ導いてくれたのも「名著」です。『行く先はいつも名著が教えてくれる』という本書のタイトルには、そんな私の思いが込められています。
こんな私が今、何の因果か自分にとっても大切な「名著」を紹介し、解説する「100分de名著」という番組を企画・制作しています。本当に不思議なことです。セレクトした「名著」の中には、私の人生を支えてくれた本ももちろん入っています。一人でも多くの人に、その本を知ってもらいたいという思いからです。とてもやりがいのある仕事です。
ただ、ひとつだけ大きな不満があります。それは、番組の中では、それがたとえどんなに心揺さぶられる体験でも、自分自身の個人的な体験を直接は語ることができないこと。当たり前なんですけどね。番組は、あくまでも客観性と普遍性を踏まえた上で、公的なものとして、きちんとした形にして視聴者のみなさんにお届けしないといけないですから。
とはいえ、決して番組になることのない、私の「名著体験」を、同じような悩みや困難や挫折に直面しているあなたにも、何とか届けたい。ふつふつとそんな思いが今、湧き出しています。私が筆を執ったのはそんな理由からです。
どこでも一寸切れば私の生血がほとばしり出すような文字、そんな文字で書きたい、私の本は。
〔中略〕体験からにじみ出た思想、生活と密着した思想、しかもその思想を結晶の形で取り出すこと。
これは、精神科医・神谷美恵子さんが『生きがいについて』という著作を書くにあたって、日記にしたためた一文。彼女の万分の一にも及びませんが、私もそんな文字でこの本を書いてみたい。
そして、その文字があなたの心の片隅にひっそりと根付き、やがて人生を大きく変えていくような芽吹きを迎えることを願ってやみません。
秋満吉彦
※秋満吉彦(NHK「100分de名著」プロデューサー)×鹿島茂(明治大学教授・仏文学者)
スペシャル対談「本で人生は変わるのだ!」
2019年3月2日(土)17:00-18:30@神保町
詳細はこちら(https://allreviews.shop/?category_id=5c6960693b63651835103ced)。