書評
『カラー版 - スキマの植物の世界』(中央公論新社)
じつは、悠々自適なのかもしれない
家を出て仕事場に向かうとき、楽しみにしている道がある。小学校の通学路なのだが、空気がユルくて、あちこちにある植え込みは雑草が生え放題。気の向くまま、好き勝手に繁茂している。いたずら坊主が通りすがりに引きちぎったりしてもへっちゃらな風情が痛快だ。先日も、スカッとする光景を見つけた。群れのなかから図抜けてびよ〜んと伸びた一本の茎の先に、小さな白い花がたくさん咲いている。ええと、これは何だっけ、そうだ、ナズナだ。隣の植え込みに目を転ずると、コンクリート枠のわずかな空間にハナニラ登場。今年もやっぱり、好きこのんで同じ狭い場所で咲いているから笑ってしまった。
なぜわざわざこんなところに?
首をひねるような場所で、元気いっぱいに繁殖している植物がたくさんある。彼らに「スキマの植物」という名前を授けたのが植物学者、塚谷裕一さん。前著『スキマの植物図鑑』(中公新書)には、アスファルトのひび割れ、石塀の割れ目、電柱や交通標識の根元、石垣の間……百態百様がユーモラスだ。狭苦しいスキマは過酷な環境だと思っていたけれど、それは違うと書く。
スキマに入り込むことに成功した瞬間、その植物は、そのあたり一体の陽光を独り占めできる利権を確保したことになる。
知らなかった。窮屈どころではなく、スキマがぬくぬくとした快適空間だったとは。その続編の本書が、さらにスキマの植物の日常を解説付きの写真とともに数多く紹介する。
スキマの植物にもいろんな事情があるんだなあ。東京ドーム横のパネル型看板は、枠から忍び込んだヤブカラシが生い茂って額縁状態。配電盤の細いスリットから巧みにツルを伸ばしているヒルガオ。配管の目隠しカバーの穴をくぐり抜けて枝を伸ばしているのはイヌビワ。どれもこれも、生命力の強さに恐れ入る。逃げ出したり、はみ出したり、占領したり、こっちがたじたじとなるほどたくましい。都会は無味乾燥だと思われがちだが、じつはスキマという環境を提供しながら自然を呼び込んでいるという指摘は、自然に対する考え方の幅を大きく広げるものだ。
または、地方の鉄道駅ホームはスキマの植物にとって絶好だという指摘にも膝を打った。本数の少ない無人駅のホームは、スキマの植物にとって別天地。旅先でのんびり待ち時間を過ごすとき、スキマの植物探しの楽しみが加わりそうだ。
ページをめくるたび、目に馴染(なじ)んで親しみのある植物が登場し、次々に名前が与えられてうれしくなる。気になっていたスキマの常連の名前は、スズメノカタビラ。もう忘れないぞ。
ヒトは植物にスキマという場を与え、スキマの植物はその見返りに、都市に本当の自然を呼び込んでいる。これが互恵関係でなくてなんだろう?
植物と人間が作り出す、風通しのいい世界を提示する一冊だ。