書評

ベルカ、吠えないのか? (文藝春秋)

  • 2017/10/13
ベルカ、吠えないのか? (文春文庫) / 古川 日出男
ベルカ、吠えないのか? (文春文庫)
  • 著者:古川 日出男
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:文庫(394ページ)
  • 発売日:2008-05-09
  • ISBN:4167717727

※書店によっては、在庫の無い場合や取り扱いの無い場合があります。あらかじめご了承ください。
※詳しい購入方法は、各ネット書店のサイトにてご確認ください。

うおんうぉんうおぉ~んっ! って、負け犬のアレじゃありませんの。そんなん流行にのった遠吠えとはちゃうちゃう犬。古川日出男の『ベルカ、吠えないのか?』を読んだコーフンゆえの狂犬化と思し召せ。

始まりは四頭の軍用犬。一九四三年、アリューシャン列島のキスカ島に、北海道犬の北、ジャーマン・シェパードの正勇、勝、エクスプロージョンが、日本軍によって置き去りにされてしまいます。やがて島には米軍が上陸し、自爆した勝以外の三頭を保護。この三頭を始祖として、世界に種をまいていくイヌたちの年代記に人類の現代史を重ねあわせるという、奇想天外な発想から生まれた、これは壮大なスケールの傑作なんであります。

第二次世界大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争、ライカ犬を乗せたスプートニク二号の打ち上げ、二頭の犬を乗せ無事帰還させたスプートニク五号の打ち上げ、アフガン戦争、ソ連解体。その合間に、ペレストロイカに揺れるモスクワで何ごとかを企んでいる老人と、彼に軟禁されたヤクザの娘のエピソードが挟まれています。史実に微妙な変更を加えながら、世界大戦と冷戦、それを利用したマフィアの隆盛をスピーディかつディープに描出。へたくそな作家が書けば贅肉だらけの上下巻本になりそうな物語を三五〇ページ足らずにまとめた、アスリートのひきしまった筋肉のごとき小説になっているんであります。

そんな大きな物語の主役がイヌ。エクスプロージョンと正勇の間に生まれたイヌの血を引きながら軍用犬にはならず、シカゴでドッグショウ用の繁殖牝犬になったシュメールが、アラスカにわたって雑種化した北の子孫と出会い、一八年後、シュメールが育ての親となったその北の子孫犬の流れを継ぐギターが、やはりシュメールと同系の血筋の牝犬に、今度は南洋の島で助けられる。そして、北の血を引く犬神とスプートニク五号に乗っていた牝犬がつがって生まれたイヌの子孫が、アフガンの戦場でギターと対決し――。

半世紀間に、世界中に散っていった三頭の子孫たちが邂逅(かいこう)を果たし、やがてすべての血が一人の老人のもとに結集するまでの一頭一頭の物語に、思う存分胸を熱くしちゃって下さいまし。古川さんがこの小説のために創り上げた叙事詩的な語り口によって紡がれる〈戦争の世紀/軍用犬の世紀/二十世紀〉のビジョンのなんと斬新なことか! 読む前と後とでは、世界とイヌを見る目がガラリと変わってしまうはず。レッサーパンダの風太くんが立ったなんて、のんきに和んでる場合じゃござりますまい。

【この書評が収録されている書籍】
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド / 豊崎 由美
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド
  • 著者:豊崎 由美
  • 出版社:アスペクト
  • 装丁:単行本(560ページ)
  • 発売日:2005-11-29
  • ISBN:4757211961

※書店によっては、在庫の無い場合や取り扱いの無い場合があります。あらかじめご了承ください。
※詳しい購入方法は、各ネット書店のサイトにてご確認ください。

ベルカ、吠えないのか? (文春文庫) / 古川 日出男
ベルカ、吠えないのか? (文春文庫)
  • 著者:古川 日出男
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:文庫(394ページ)
  • 発売日:2008-05-09
  • ISBN:4167717727

※書店によっては、在庫の無い場合や取り扱いの無い場合があります。あらかじめご了承ください。
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初出メディア

TV Bros.

TV Bros. 2005年6月11日

多彩な連載陣のコラムが人気のポップカルチャーTV情報誌。豊﨑由美氏の書評コーナー「帝王切開金の斧」が好評連載中。

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