◎「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」
人を見た目で判断しちゃいけません。おばさん、畏るべし!
著者近影を見ると気だてのいいおばさんっぽい三十五歳ですし、帯の「父と娘のあいだに横たわる秘密と、人生の黄昏にある男女の濁りない情愛、ミス・カサブランカとよばれる独身教師の埋めようのない心の穴」云々という美しい要約を読めば、『千年の祈り』には人生の機微に触れる端正な短篇ばかり収められているように思うかもしれませんけど、ご用心、ご用心。北京生まれ北京育ちのくせして英語で小説を書くイーユン・リーは、かなり可笑しくてビザールな味を隠し持った作家なんですの(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2007年)。たとえば巻頭に置かれた「あまりもの」。主人公は職を失ったのに退職金ももらえない林ばあさん。まだ五十一歳で結婚もしたことがないのに「ばあさん」と言われるこの幸薄い女性は、知人に薦められるままボケじいさんの後妻に入ります。が、大変親身に介護をしたにもかかわらず遺産は一銭ももらえません。じいさんの息子から金持ちの子弟が入る全寮制の私立学校の家政婦の仕事を紹介されただけで〈ありがたくて涙がこぼれそうになる〉林ばあさん。あまりにも不憫です。生徒に供されるおいしい食事が大量に残ると悲しくなり、〈学校と街の間を往復する急行列車を毎日走らせ、なつかしい近所の人たちにのこりものを持っていけたらいいのに〉と思いながら、食べ残しを自分の皿にうつす林ばあさん。あまりにも健気です。
で、そんな善良で働き者の林ばあさんが、家に居場所をなくして寮にやってきた六歳の少年に恋をしてしまうのだから、凄い展開ざんしょ。〈これが世に言う、恋する、ということなのか。死ぬまでかたときもはなれたくない。そんな激しい思いに、ときどき自分がこわくなる〉と、五十一歳にしての初恋。あまりにもグロテスクで悲しすぎます。林ばあさんがその後どうなるかは、教えな~い。読んでのお楽しみ。
はるか昔から皇帝一族の側近・宦官を輩出してきた村に生まれた、毛沢東そっくりの少年の半生を〈わたしたち〉という一人称複数の声で描いた「不滅」も、たった二十五ページの物語の中に二千年の歴史を織りこむという超絶技巧を披露して絶品ですし、大学時代に親友と恋人に裏切られて以来、ヒマワリの種とイギリス小説だけを愉しみに生きてきた三十二歳の女性が主人公の「市場の約束」も紛うことなき傑作です。ヒマワリの種のネタのオチで笑わせ読者を油断させた後、作者が用意しているエンディングの衝撃といったら! 剣呑、剣呑。人を見た目で判断しちゃいけません。おばさん、畏るべし! って、四十六歳真性おばさんに言われたくないですか、そうですか。ちぇ。
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