書評
『ナンバー9ドリーム』(新潮社)
トヨザキ的評価軸:
◎「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」
たとえば、デイヴィッド・ミッチェルの『ナンバー9ドリーム』を読んでみてください。なんと語り手は、三宅詠爾という父親探しのために屋久島から上京してきた十九歳の青年。物語は、父の名前と居場所を知っていると思われる人物・加藤明子を、詠爾が喫茶店で待ち伏せている場面から幕をあけます。身分をいつわりインテリジェント・ビルに侵入し、加藤明子に銃を突きつけ、父親の正体を明かせと要求し――なんて、タランティーノばりのアクションシーンが展開するんですが、しかし、これは詠爾の妄想。第一章は、こんな具合にクライム・ノベル風であったりSF風であったりと、詠爾の脳内で沸騰する絵空事が入れ替わり立ち替わりし、初めのうちはその躁的な語りについていくのに苦労させられるかもしれません。でも、コツがわかれば大丈夫。各エピソードの前に記号が付されているのですが、それら九種類の記号には、□は虚構で◆は現実というように、それぞれちゃんと意味があるのです。この道標によって、わりあい複雑な構成の物語の中を迷わず進んでいくことができるという次第なんであります。
その後、ゲームセンターで出会った調子のいいイケメンのせいでヤクザ組織の抗争に巻き込まれ、日本の裏社会をのぞき込むことになったりと、かなり派手な出来事が詠爾の身に降りかかっていくのですが、その珍道中のあちこちに村上春樹の影響が見られるのです。とはいえ、春樹だけなら、今や驚くべきことでもありますまい。でも、古川日出男、中原昌也、阿部和重との強い親和性を見出すこともできたとしたら? それはやっぱりびっくりというべきで。
詠爾の双子の姉はなぜ死んだのか。母はどうして双子を捨てたのか。父は何者なのか。次々に現れる謎をたぐっていく中、さまざまなジャンルの小説の読み心地とたくさんのスタイルの語り口に遭遇できる傑作。しかも現代ニッポンの風俗が正確に描かれているばかりか、第二次世界大戦における回天特攻隊員のエピソードまで出てくるとあっちゃあ……。こんな”日本文学”を外国人に書かれてしまう時代。いよいよ競争相手が世界になったというべきでありましょう。頑張って、日本の作家!
◎「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」
こんな“日本文学”を外国人が書くなんて……。頑張って、日本の作家!
日本語は汎用性のない特殊な言語で、日本は東洋のちっぽけな島国で、だから、たとえば文学なんか欧米諸国から影響を受けることは多々あれど、こちらが与えるケースはほとんどなくてと、つい十年ほど前までは思ってたのに、村上春樹のおかげもあって、状況はずいぶん変わってきたと申せましょう。たとえば、デイヴィッド・ミッチェルの『ナンバー9ドリーム』を読んでみてください。なんと語り手は、三宅詠爾という父親探しのために屋久島から上京してきた十九歳の青年。物語は、父の名前と居場所を知っていると思われる人物・加藤明子を、詠爾が喫茶店で待ち伏せている場面から幕をあけます。身分をいつわりインテリジェント・ビルに侵入し、加藤明子に銃を突きつけ、父親の正体を明かせと要求し――なんて、タランティーノばりのアクションシーンが展開するんですが、しかし、これは詠爾の妄想。第一章は、こんな具合にクライム・ノベル風であったりSF風であったりと、詠爾の脳内で沸騰する絵空事が入れ替わり立ち替わりし、初めのうちはその躁的な語りについていくのに苦労させられるかもしれません。でも、コツがわかれば大丈夫。各エピソードの前に記号が付されているのですが、それら九種類の記号には、□は虚構で◆は現実というように、それぞれちゃんと意味があるのです。この道標によって、わりあい複雑な構成の物語の中を迷わず進んでいくことができるという次第なんであります。
その後、ゲームセンターで出会った調子のいいイケメンのせいでヤクザ組織の抗争に巻き込まれ、日本の裏社会をのぞき込むことになったりと、かなり派手な出来事が詠爾の身に降りかかっていくのですが、その珍道中のあちこちに村上春樹の影響が見られるのです。とはいえ、春樹だけなら、今や驚くべきことでもありますまい。でも、古川日出男、中原昌也、阿部和重との強い親和性を見出すこともできたとしたら? それはやっぱりびっくりというべきで。
詠爾の双子の姉はなぜ死んだのか。母はどうして双子を捨てたのか。父は何者なのか。次々に現れる謎をたぐっていく中、さまざまなジャンルの小説の読み心地とたくさんのスタイルの語り口に遭遇できる傑作。しかも現代ニッポンの風俗が正確に描かれているばかりか、第二次世界大戦における回天特攻隊員のエピソードまで出てくるとあっちゃあ……。こんな”日本文学”を外国人に書かれてしまう時代。いよいよ競争相手が世界になったというべきでありましょう。頑張って、日本の作家!
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