書評

『ヒストリア』(KADOKAWA)

  • 2017/11/16
ヒストリア / 池上 永一
ヒストリア
  • 著者:池上 永一
  • 出版社:KADOKAWA
  • 装丁:単行本(632ページ)
  • 発売日:2017-08-25
  • ISBN:4041034655

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

池上永一といえば、女性には許されない学問を諦めず、やがて王府の役人として異例の出世を遂げていく少女の破天荒な活躍を、19世紀、薩摩藩と清国の支配の狭間で揺れ動き、近代化の波押し寄せる琉球王朝末期を背景に描いて、ドラマ化や映画化された『テンペスト』をはじめとする、沖縄の神事や史実を扱うメガノベルを発表してきた作家として知られています。最新作『ヒストリア』のテーマは、沖縄県人のボリビアへの移民という戦後史。チェ・ゲバラら実在の人物も登場する、壮大なスケールの物語になっています。

テンペスト 第一巻 春雷 (角川文庫) / 池上 永一
テンペスト 第一巻 春雷 (角川文庫)
  • 著者:池上 永一
  • 出版社:角川書店(角川グループパブリッシング)
  • 装丁:文庫(310ページ)
  • 発売日:2010-08-25
  • ISBN:4043647115

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

主人公は、1945年の沖縄戦で九死に一生を得た美少女・知花煉。まずは、日本軍のエゴイズムから生じたこの負け戦の描写の凄まじさに圧倒されること請け合いです。「小説家、見てきたような嘘をつき」と言いますが、この臨場感と、それを文章化する際の緻密にして冷徹な表現力に、トヨザキ感服つかまつり候の巻。

こうして住んでいた村も家族も失い、マブイ(魂)すら落としてしまった煉は、それでも歯を食いしばり、知略を尽くして焼け跡から這い上がっていくのですが、あることから米軍のお尋ね者になり、移民団にもぐりこんでボリビアに逃亡するはめに。ところが移民に与えられた“約束の地”は未開拓で、伝染病まで蔓延する始末。それでも、負けず嫌いの塊の煉は、ここでも先見の明によって成り上がっていくんです。

チェ・ゲバラとの恋、人気女性プロレスラーのカルメンや、味方となって支えてくれる日系人のイノウエ兄弟と培っていく深い友情。生き残るために渡ることになる危ない橋の数々。成功と挫折を繰り返しながらの戦いの日々のさなか、煉はキューバ革命やキューバ危機にも立ち会うことになります。終戦から沖縄の本土復帰までの27年間を、一人の女性の艱難辛苦を通し、沖縄やボリビアのみならず、往時の世界情勢まで視野に入れて描いた小説なのですが、そこは池上永一のこと、単なる歴史小説にはなっていません。

キーとなるのはマブイ。魂だけの存在となった煉と実体を有する煉の反目と入れ替わりを巧みに操作することで、ヒロインに2倍の経験をさせ、世界の一大事を救うほどの冒険を可能にさせるという、リアリズム小説の枠組を大きく逸脱した仕掛けによって、エンターテインメント度を高めているんです。その上、チェ・ゲバラを登場させることで、革命も戦争も根っこのところでは変わらず、戦争はどんな大義名分があったとしても悪でありといった、革命思想の批判、というよりは再点検といったほうがいい主張まで丁寧に展開。この物語の高度なエンターテインメント性に、社会派的な視点を加味して、一層の読みごたえを備えるにいたっているんです。

最終章、煉は幼い娘を連れて、マブイを取り戻すため本土復帰後の沖縄に帰郷します。でも、池上永一は煉の物語を安易なハッピーエンドには着地させません。苦い思いをさそう、最後の1行。今だからこそ読みたい、反戦小説としても有効な大作なのです。
ヒストリア / 池上 永一
ヒストリア
  • 著者:池上 永一
  • 出版社:KADOKAWA
  • 装丁:単行本(632ページ)
  • 発売日:2017-08-25
  • ISBN:4041034655

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

初出メディア

DIME

DIME 2017年10月16日

関連書評/解説/選評
豊崎由美の書評/解説/選評
ページトップへ