書評
『テンペスト 若夏の巻』(角川グループパブリッシング)
トヨザキ的評価軸:
「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」
これは、十九世紀半ばにおける琉球王朝の衰亡を、男が支配する王府・女しか入ることのできない御内原・王族神である聞得大君が君臨する京の内からなる美と教養の殿堂、首里城を主な舞台にしたフルスロットルの王朝絵巻。
で、池上作品といえばまず称賛されるのがキャラクター造型なんですが、ここでも主人公像が素晴らしいんですよー。超人的な知性と「仁」の精神を併せ持ち、宦官を装って中国の科挙よりも難しい科試を突破。清国と薩摩からの二重支配を受ける中、エリート役人として琉球の未来を模索する美しきヒロイン、寧温/真鶴は池上永一の集大成というべき女性キャラになっているんです。女に学問は必要ないとされた時代に、寧温/真鶴という救国のために自らの性を捨てる人物を投入することで、池上さんはこれまでも繰り返し描いてきた、世の中から勝手に弱者扱いされている者への温かな眼差し、その眼差しによってなされる価値の反転を力強く立ち上げることに成功。寧温/真鶴の活躍や、薩摩武士に向ける真鶴としての想いと寧温として抱く志との間で起きる葛藤を描く中、当時の日本よりずっと列強国との外交戦術に長けており、民度と誇りの高い国だった琉球王国の在りし日のさまが生き生きと浮かび上がっているという意味では、ずっと沖縄を舞台にした小説を書き続けてきた池上さんの、これが一番書きたかった小説なのだという熱い気持ちも伝わる作品になっているんです。
また、脇役が時に主役を食うほどの魅力を発する池上作品の中にあって、この大作における登場人物の個性と多彩さは格別。これまでの仇役の造型の粋を結集させた王国の神事を司る聞得大君・真牛をはじめ、軽く二十人は重要な脇キャラが登場するのだからキャラクター小説としてかなりハイレベルです。両性の貌を持つ主人公が男女双方から想いを寄せられるという萌え度の高い設定もあいまって、「活字倶楽部」(雑草社)に投稿イラストが殺到すること必定といえましょう。
嵐の晩に宿命を背負って誕生したヒロインが、栄光と転落、希望と絶望、使命感と愛、男と女の間を行ったり来たりする派手なストーリーが展開する中から、国とは何なのか、国を愛するとはどういうことなのかといった大きなテーマがせり上がってくる。読んで無類に面白いだけではなく、これは池上永一という作家の世界観が全投入された運身の物語なのです。
【この書評が収録されている書籍】
「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」
作家・池上永一の世界観が全投入された渾身の超大作
日本全国津々浦々の池上永一ファンの皆さん、千八百枚の超大作『テンペスト』がついに刊行されますの。トヨザキに買えよと恫喝されたから八月二十九日はテンペスト祭り、なんですの。これは、十九世紀半ばにおける琉球王朝の衰亡を、男が支配する王府・女しか入ることのできない御内原・王族神である聞得大君が君臨する京の内からなる美と教養の殿堂、首里城を主な舞台にしたフルスロットルの王朝絵巻。
で、池上作品といえばまず称賛されるのがキャラクター造型なんですが、ここでも主人公像が素晴らしいんですよー。超人的な知性と「仁」の精神を併せ持ち、宦官を装って中国の科挙よりも難しい科試を突破。清国と薩摩からの二重支配を受ける中、エリート役人として琉球の未来を模索する美しきヒロイン、寧温/真鶴は池上永一の集大成というべき女性キャラになっているんです。女に学問は必要ないとされた時代に、寧温/真鶴という救国のために自らの性を捨てる人物を投入することで、池上さんはこれまでも繰り返し描いてきた、世の中から勝手に弱者扱いされている者への温かな眼差し、その眼差しによってなされる価値の反転を力強く立ち上げることに成功。寧温/真鶴の活躍や、薩摩武士に向ける真鶴としての想いと寧温として抱く志との間で起きる葛藤を描く中、当時の日本よりずっと列強国との外交戦術に長けており、民度と誇りの高い国だった琉球王国の在りし日のさまが生き生きと浮かび上がっているという意味では、ずっと沖縄を舞台にした小説を書き続けてきた池上さんの、これが一番書きたかった小説なのだという熱い気持ちも伝わる作品になっているんです。
また、脇役が時に主役を食うほどの魅力を発する池上作品の中にあって、この大作における登場人物の個性と多彩さは格別。これまでの仇役の造型の粋を結集させた王国の神事を司る聞得大君・真牛をはじめ、軽く二十人は重要な脇キャラが登場するのだからキャラクター小説としてかなりハイレベルです。両性の貌を持つ主人公が男女双方から想いを寄せられるという萌え度の高い設定もあいまって、「活字倶楽部」(雑草社)に投稿イラストが殺到すること必定といえましょう。
嵐の晩に宿命を背負って誕生したヒロインが、栄光と転落、希望と絶望、使命感と愛、男と女の間を行ったり来たりする派手なストーリーが展開する中から、国とは何なのか、国を愛するとはどういうことなのかといった大きなテーマがせり上がってくる。読んで無類に面白いだけではなく、これは池上永一という作家の世界観が全投入された運身の物語なのです。
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