書評
『Woman 女性のからだの不思議』(綜合社)
少子化日本を勇気づける?「女の一生」学
歴史家のミシュレは五〇歳のとき、二二歳の女性と再婚したことから、若妻の肉体の神秘、とりわけ月経と排卵と受胎のメカニズムに魅せられ、『女』を執筆することになる。生物学専門の科学ジャーナリストの著者は、胎内にいるのが娘であると知った瞬間、「二枚の鏡が向きあった部屋に立っているような」感覚に捉えられた。娘はバナナほどの大きさの胎児だというのに、「一生分の卵をすでに抱えていたのだ」。
これをきっかけに、生物学の知識を総動員した「女の一生」の再検討が始まる。女とはいったいどんな生命体なのか? これが著者が投げかけた根源的な問いである。
たとえば、起源の性は雄か雌かという問題。著者はジェーン・カーデンというスーパーモデルのような「女性」を例にあげる。ジェーンは胎生初期にはY染色体(男となる染色体)を持っていたため、アンドロゲンが放出され、原始的な子宮と卵管の消去が促されるはずだったが、ここで何かが起こった。いや起こらなかった。というのも、アンドロゲンを受け止めるX染色体のアンドロゲン受容体遺伝子が働かなかったからである(オス化にもX染色体が必要なのだ!)。その結果、ジェーンは女の子への道をたどったが、「外性器の小さな突起は、大陰唇と陰核と短い行き止まりのトンネルになった」。これがアンドロゲン不応症である。もちろん、子宮も卵巣もないので月経はなく、妊娠もしないが、外見的にはスーパー女である。つまり「きれいな肌、つややかな髪、豊かな胸、すらりとした長身。(中略)モデルや女優にはアンドロゲン不応症の人がいる」。
ここから導かれる結論はこうだ。「ジェーン・カーデンのケースでわかるように、胎児は女性化プログラムがアンドロゲンに妨害されないかぎり、女性になる準備をほぼ整えている。生殖原器は指示がなければ外陰になり、膣も少なくとも部分的に形成される」
しかし、だとすると、男のペニスは女のクリトリスの変形進化物ということになるのか? 対比は胚の時期なら正しいが全体としては正しくない。なぜなら、クリトリスには尿道もないし、射精もせず、役割は女性にオーガズムを与えるだけだからである。
では、クリトリスは進化適応なのか、それとも不適応なのか? 著者は諸説を吟味した後、古代ギリシャのガレノスの唱えた「妊娠には女性のオーガズムが不可欠」という説が、超小型カメラによる最新の研究で復活したことを指摘する。すなわち「男性の射精直後に女性がクライマックスに達すると、子宮への門戸である子宮頸部が驚くべきはたらきをする。リズミカルに脈動しながら魚の口のように伸びて、戸口のところに排出された精液を吸いこむ」のであり、「自然選択は満足させることを目指す男に向いている」。
このようにして、子宮と月経、乳房と母乳、女性ホルモンと欲望など、女性特有の器官と現象が進化という俎上に乗せられて比較検討されるが、中でなるほどと思ったのが、閉経という人類特有の現象(他の哺乳類は死ぬまで子を産む)の問題である。
閉経の謎については、ジョージ・C・ウィリアムズの「おばあさん仮説」というのがある。人間の子供は育てるのに手間がかかるので、女性が死ぬまで生殖能力を持っていたら、子供は置き去りにされて死んでしまう。閉経はこの危険を回避するために生まれたプログラムであるというものである。
これに対しては、古生物学から、有史以前の地層から閉経後の女性の人骨は発見されず、女は卵を打ち尽くしたときに死んでいたという反論がなされ、「おばあさん仮説」は揺らいだ。ところが、ここにきて「おばあさん仮説」が復活したのである。タンザニアのハッザという狩猟採集民を調査したホークスという学者が、母親が妊娠・授乳中に、おばあさんが食糧を採取して子供の世話をする場合には、子供の体重が増えることを実証したのである。そればかりではない。「年をとった女性は、頭がやわらかく戦略的で、援助する相手を自分の子供や孫に限定しない。一族のなかで助けが必要な子供の誰にも手を差し伸べる」。つまり、閉経を迎えた女性がいることで、一族全体の遺伝子は適応度を拡大し、進化が加速したということだ。年寄りが生まれ、子供が生まれ、人間は頭がよくなったのだ。
確信的なフェミニストを自認する著者だけあって、全体的に、議論が女性優位に傾きすぎるきらいはあるものの、党派的な硬直性はなく、男性でも興味をもって読み進めることができる。少なくとも、少子化社会を迎えて老人が激増する日本のような国にとって希望の持てそうな議論であることはたしかだ。
しかし、おばあさんには未来はあっても、おじいさんには? 「若者に必要とされたら、経験者はシャベルをもって手伝いにいくものなのだ」。この言葉は果しておじいさんにも適用されるものなのだろうか?(中村桂子、桃井緑美子訳)
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