ウォール街の「狂乱」に人生を狂わされた家族の回想録
今年前半、アメリカの多くのメディアが取り上げた新刊『After Perfect: A Daughter's Memoir (English Edition)』(完璧だった人生が終わったあと:ある娘のメモワール)の著者はクリスティーナ・マクドウェルという若い女性である(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2015年)。この本は、ウォール街のマネーゲームに翻弄されて人生をメチャクチャにされた彼女の回想録だが、とりわけ異色なのは彼女の父親が「詐欺師」側の人間だったことだ。ふだんベストセラーには皮肉な態度を取っている「The Village Voice」誌でさえ「2015年に読むべき15冊」に選んだのは、この本が「アメリカンドリーム」の裏側を露骨に見せているからだろう。
レオナルド・ディカプリオがマーティン・スコセッシ監督と組んで製作し、2013年に公開された映画『ウルフ・オブ・ウォールストリート』は、90年代にペニー株詐欺(株価が1ドル以下の安い株を使った詐欺)、相場操縦、資金洗浄などの違法行為で逮捕されたジョーダン・ベルフォートの回想録『The Wolf of Wall Street』(邦訳:『ウォール街狂乱日記』〔早川書房刊〕)が原作だった。
映画には、コツコツ貯めたお金をベルフォートに騙されて失った庶民の投資家が出てくる。しかし犠牲者は彼らだけではない。金融詐欺に関わった者の家族の人生もまた破壊されたのだ。
『After Perfect』の著者クリスティーナは、首都ワシントンDC郊外の巨大な豪邸で育った。父親は金融関係の弁護士、チャリティパーティを主催する母親は女優のように美しく、両親の友人はアリアナ・ハフィントンやアラン・グリーンスパン夫妻など、政界や財界で活躍する大物揃いだ。
娘の高校卒業のプレゼントにBMWの新車を買い与えるほど気前が良い父親は、自分の仕事については多くを語らず、家計もすべて取り仕切っていた。家庭内には「お金について語るのは下品」という雰囲気があり、娘たち3人は金を使うことしか知らなかった。
ところが、クリスティーナが大学1年生のとき、突然父親がペニー株詐欺の容疑で起訴され、豪邸も高級車もすべて差し押さえになる。ベルフォートが自分の刑罰を軽くするために政府と取引し、クリスティーナの父親を密告したのだ。
それまで豊かな財産があると信じていた家族は、残されたのが巨額の借金だけだと知ってショックを受ける。美しく着飾り、社交界で一目を置かれることが「仕事」だったクリスティーナの母親は、現状否定のままでうつ状態になり、子どもたちを守るために立ち上がろうとはしない。
アパート代や生活費を工面する方法も知らず途方にくれるクリスティーナに、勾留されていた父親が解決策を持ちかける。クリスティーナの名前なら政府に見つからずに銀行口座が開ける。そこに父の知人が生活費の入金をするという。最愛の父を信じるクリスティーナは指示に従うが、後になって父が自分のクレジットカードを使って多額の借金をしたことを知る。
裏切った父親を訴えず、借金を背負い込んだクリスティーナは、やがてホームレス への転落を避けるために、低賃金の怪しくいかがわしい仕事にも手をつけるようになっていく――。
幼い頃から女優を夢見てきただけあって、クリスティーナはゴージャズな美人だ。19歳までは一般人が想像もできないような贅沢な暮らしもしてきた。では彼女が、もし家や財産を失わなかったら、本当にそのままで幸せだったのだろうか?
『After Perfect』を読むと、そうは思えない。一般人が思うほど金持ちの生活は羨ましくない。人を騙してまで巨額の金をゲットしても、お金とはこんなにもあっさりと無くなる。
さらにクリスティーナは、美貌ゆえに悪い男たちの性的なターゲットになる。本人もそのアセット(資産)を無意識のうちに利用してしまう。だからお金持ちだけでなく、美人であることも、そう得とは思えない。
すべては諸行無常、盛者必衰、ただ春の世の夢のごとし......。
味噌汁とご飯で幸せになれる自分がありがたくなる本だ。