書評

『天皇の世紀〈1〉』(文藝春秋)

  • 2018/01/19
天皇の世紀〈1〉  / 大佛 次郎
天皇の世紀〈1〉
  • 著者:大佛 次郎
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:文庫(476ページ)
  • 発売日:2010-01-08
  • ISBN:4167773392
内容紹介:
歴史とは何か?日本人とは何か?『天皇の世紀』(全12巻)は、文豪・大佛次郎が史実の中に真の人間像を追求した渾身の大作である。卓抜した史観と膨大な資料渉猟によって、明治天皇の誕生から戊辰戦争に至る激動の時代を照射し、世界史上のエポックともなった明治維新の真義と、日本人の国民的性格を明らかにする。

類書を圧する雄大なスケール

海音寺潮五郎は「武将列伝」「悪人列伝」につづいて「天皇列伝」をまとめてみたいと話していたことがあるが、日本史のうえで天皇の占める位置ほど複雑でまた象徴的な存在はあるまい。とくに古代天皇制成立前後の天皇、源平の興亡、南北朝動乱期の波乱に富んだ諸帝の運命など、なまじっかな英雄譚以上に屈折した諸層をしめす。

雷帝イワンやピョートル大帝、ルイ十四世やナポレオン一世が、詩人や作家の好んで描く対象となったように、日本の場合でも天皇が歴史のなかの人物としてまだまだ取りあげられてしかるべきであろう。八月十五日までは天皇制のタブーにわざわいされ、戦後はその反動として不当に低く評価する傾向が強かったが、もし日本にツワイクやストレイチがいたら、権力の座にある象徴的存在を人間的な対象として、積極的に取組んでいたかもしれない。

もっとも最近は「明治天皇」と題した小説もいくつか刊行され(木村毅・小島政二郎)、史伝ふうなまとめ方をしたものも出ているが、大佛次郎の「天皇の世紀」は、スケールの大きさ、丹念な踏査の点で、これまでの類書を圧倒する労作である。

連載に先立って作者は、「日本が世界史の上でエポックを作った明治の時代について自分なりの回想や考え方をまとめて見ることにしました」と書き、さらに「時代の条件は違っても、東南アジア、アフリカの諸国家が今日、入口に立って解決に骨を折っている諸問題とも深いつながりがある」と述べていたが、日本の近代化をそのスタートの地点にまでさかのぼって確かめるということは、同時にそれが、A・A諸国の今日の問題にもふかいつながりを持つという認識とともに、戦前の維新史には望めなかった視点であろう。

問題は作者の意図が、どの程度に果されているかである。といっても「天皇の世紀」は、小説ではなく一種の評伝的なスタイルを取っているため、人物像をふかく彫りこむところまで到っていないが、第二巻、三巻と巻を追うにしたがって、そういった不満は解消されてゆくにちがいない。

嘉永五年(一八五二)九月、明治大帝が、権大納言中山忠能の邸内で生誕する前後の宮中の模様から筆をおこし、幕藩制の内部的矛盾と、その枠をこえようとする先覚者の自覚、列強による圧力など、内外のあらしをはらみながら時代が急速に煮つまってゆく過程を、余裕のある筆致で、大きくつつみこみながら書きすすんでゆくスタイルは、時代の流れに沿って歩む作者の丹念な足取りを実感させる。

とくに無味乾燥なものになりがちな説明の部分にも、岩倉具視が公卿の特権を利用して、その邸内に賭場を開帳し、寺銭をもらいうけて生活の一助にしたとか、当時は屋敷内に鶏や豚を飼う公卿がおり、明治帝も幼少の折りは、その鳴き声をお耳近く聞かれたはずだなどというさりげない挿話がはさまれていて、状況をホウフツさせるのがおもしろい。いや、史料の選択を通して大佛次郎の作家の眼が躍動しているのが、魅力の中心だというべきかもしれない。

まだ序説的な部分にすぎないので、全体の構図について語ることは許されないが、大正史に肉迫した大宅壮一の「炎は流れる」に対比される労作として期待したい。
天皇の世紀〈1〉  / 大佛 次郎
天皇の世紀〈1〉
  • 著者:大佛 次郎
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:文庫(476ページ)
  • 発売日:2010-01-08
  • ISBN:4167773392
内容紹介:
歴史とは何か?日本人とは何か?『天皇の世紀』(全12巻)は、文豪・大佛次郎が史実の中に真の人間像を追求した渾身の大作である。卓抜した史観と膨大な資料渉猟によって、明治天皇の誕生から戊辰戦争に至る激動の時代を照射し、世界史上のエポックともなった明治維新の真義と、日本人の国民的性格を明らかにする。

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初出メディア

週刊朝日

週刊朝日 1969年3月28日

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