対談・鼎談

『ルーツ』アレックス・ヘイリー|丸谷才一+木村尚三郎+山崎正和の読書鼎談

  • 2017/10/15
ルーツ〈上〉  / アレックス・ヘイリー
ルーツ〈上〉
  • 著者:アレックス・ヘイリー
  • 翻訳:安岡 章太郎,松田 銑
  • 出版社:社会思想社
  • 装丁:-(365ページ)
  • 発売日:1977-09-00
  • ISBN-10:B000J8U1CK

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木村 ご承知のように、この本はアメリカでピューリッツァ賞をとったベストセラーですが、日本ではどう受けとめられるだろうかという興味と関心から、取りあげた次第です。

アフリカ西海岸のガンビア、その海岸から川を四日さかのぼったところにあるジュフレ村に、クンタ・キンテという、アレックス・ヘイリーの祖先が一七五〇年に生まれたところから、物語が始まるわけです。

そのクンタ・キンテの、少年時代のアフリカの模様が、まず美しく描かれています。彼が属するマンディンカ族のあいだには、第一カフォー、第ニカフォーといったいくつかの年齢による段階があるのですが、第三カフォーという、十歳から十五歳の少年時代に入ると、成人訓練が行なわれその模様が詳しく書かれていますが、クンタはその成人訓練を終えたあと、森の中で奴隷商人に捕まって、奴隷船に乗せられ、アメリカで奴隷として農園に売られてしまう。それからあと、彼の、白人社会に対する反抗ないしはそこからの脱出の試みの歴史が始まるわけですけれども、ついには右足の先を切り取られる。

三十九歳になったときに、ベルという黒人の料理女と結婚して、キッジーという娘が生まれます。キッジーというのは「坐る」という意味があるそうで、もう二度と売り飛ばされないという決意をこめて、つけたということなんですね。この生まれたばかりの子供に向かって名づけの儀式をアフリカ人のやり方にしたがって行なう。ここで上巻が終りになるわけです。

下巻では、キッジーが白人に犯され、そこから生まれたジョージという混血の子供が闘鶏師として成長してゆき、ジョージおよびその子供のトムが、南北戦争前後についに奴隷身分から解放される。そのトムがアレックス・ヘイリーの曾祖父に当たるわけで、以下、今日のアレックス・ヘイリーまで話が続くわけです。

わたしが興味深かったのは、全体にアフリカの大地に対して、非常にロマンチックな書き方をしているということです。ここに、何か都市的な現代人の「土」を求める激しい心といいますか、「土」に対する飢えた感覚が現われているように感じました。それと、ピューリッツァ賞をとっているので、そんなにうまく書けた小説なのかというと、どうも、わたしの心を根底からゆさぶるほどにはいかない。しかし、こういうものをいまのアメリカ人が求めるという気持のほうが、たいへん興味深かったですね。ちょうどアメリカ建国二百年の一九七六年に書かれていて、その二百年前にクンタが生まれたところから書き始めているということ自体、非常にうまくできているように思うんです。

その、アメリカ人自身が、元来はヨーロッパから渡ってきた、いわば食い詰め者の集団から始まった根なし草的なものですが、彼らはむしろ、その故郷から土から離れるということに誇りを見出し、これに栄光を与えて、いわば居直った形で生きてきた。だから、世界じゅうどこにでも出かけて行くというのがアメリカ人の特性だったんですが、このアメリカ人が、いまだんだん自分たちの心の根拠を、アメリカ文化の風土性に求めるようになってきた。だから、この本は、アメリカの黒人のルーツを探るという形を通して、じつはアメリカ人そのもののルーツを求める気持と重ね合わせられているといえると思います。

(次ページに続く)
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初出メディア

文藝春秋

文藝春秋 1977年10月8日

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