書評

『レス』(早川書房)

  • 2019/09/24
レス / アンドリュー・ショーン・グリア
レス
  • 著者:アンドリュー・ショーン・グリア
  • 翻訳:上岡 伸雄
  • 出版社:早川書房
  • 装丁:単行本(325ページ)
  • 発売日:2019-08-20
  • ISBN:4152098775
内容紹介:
50間近のゲイの小説家、アーサー・レスのもとに元恋人から結婚式の招待状が届いた。レスは結婚式を断る口実に、世界中の文学イベントの招待を受けることに。だが、イベントはどれも何だか変なものばかり、彼はいつも空回り……。作者自身が投影されたメタ小説

作家が作家を描く毒気と面白み

爆笑と落涙、哀しみとすがしさ。「ピュリッツァー賞を喜劇的な小説が受賞するのは数年ぶり」の快挙とのこと。確かにこのところ、現在の危機的な世相を反映して、米国の起源を問い、戦争などを扱う小説が目立った。

『レス』は個人的な物語だ。主人公は、アーサー・レスというゲイの男性小説家。四十歳から九年間つきあった年下の恋人がべつの相手と同性婚することになり、結婚式への招待状が届く。それには絶対に出席したくないし、五十歳を目前にした動揺からも目をそむけたいので、世界一周旅行を計画する。

彼には、川端康成を想起させるという『暗黒物質(ダークマター)』なる注目作や、外国でナゾの文学賞を受ける(本国では黙殺されたが、「天才詩人」による「超訳」によって傑作に生まれ変わったらしい)『宇宙飛行士としての芸術家の肖像』なるジョイス張りの迷作もあり、全く売れていなくはない。しかしメガヒットを放つSF作家のインタビューをやらされたり、「アーサー・レスと過ごす一夜」というイベントに客が誰もこなかったりする程度には不遇なのである。

レス(Less)は起源の古い姓だが、英語では「より少ない」という意味で、名は体を表す。訳者によれば、「作家としても、ゲイとしても、恋人としても、どこか足りない(と自分で思っている)人物」。

わたしは、「ベック先生が現代にアップデートした⁉」とも感じた。ヘンリー・ベックとは、ジョン・アップダイクが一九七〇年に創出した典型的な「微妙に売れない作家」だ。ベックとレスには似ている点と、反転した点とがある。

ベック:(シリーズ開始当時)四十代前半の旅する男性作家。アメリカのユダヤ人で独身、女好き。女性蔑視の傾向あり。

レス:四十代末の旅する男性作家。アメリカの白人で独身、ゲイ。女性からはいじられがち。

ふたりは異国で言語の壁にもぶつかり、ロスト・イン・トランスレーションに陥る。そこで翻訳がトリッキーな装置として働き、笑いと文化のギャップとその風刺を誘いだす。『レス』では、ドイツを訪れる章など、みごとなすれ違いぶりにお腹(なか)がよじれる。

かたやユダヤ人、かたやいわゆるホワイトアメリカン。ストレートの男性とゲイ。ふたりともマイノリティの属性を抱えているが、その表現の移り変わりに時代性を感じる。レスは「歳(とし)をとった最初の同性愛者である」というくだりがある。彼より前の世代はエイズで早逝するケースが多く、エイズ出現以前はゲイを公にしづらかった。レスはゲイとして老いを模索する第一世代だという。

ベックもレスも、作者の(反)分身的な存在だ。作家が作家を描くことの毒気と面白み。レスがモロッコで新しい自作について、「サンフランシスコを歩き回るゲイの中年男の話です。そして、だから、彼の……彼の悲しみが……」と話すと、「白人で中年のアメリカ人の男が、白人で中年のアメリカ人の悲しみを抱えて歩き回るわけ?」と返される。あまりにマジョリティ側の人物で、同情できないというのだ。「ゲイでも?」と畳みかけても、「ゲイでも」と。これはもう、ここ数十年の米国文学のある潮流をずばり言い当ててもいるだろう。マイノリティか移民系作家の、そうした人々を描いた作品に、ノーベル文学賞なども授与されてきた。

ニューヨーク、メキシコ、パリと旅したレスが最後に訪れるのは京都だ。そしてどんな結末が? 快挙、快作、快訳と、三拍子そろった名著である。
レス / アンドリュー・ショーン・グリア
レス
  • 著者:アンドリュー・ショーン・グリア
  • 翻訳:上岡 伸雄
  • 出版社:早川書房
  • 装丁:単行本(325ページ)
  • 発売日:2019-08-20
  • ISBN:4152098775
内容紹介:
50間近のゲイの小説家、アーサー・レスのもとに元恋人から結婚式の招待状が届いた。レスは結婚式を断る口実に、世界中の文学イベントの招待を受けることに。だが、イベントはどれも何だか変なものばかり、彼はいつも空回り……。作者自身が投影されたメタ小説

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2019年9月15日

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